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気になるあの人のいとしの路線|コラム|トレたび - vol.4 飯田線

飯田線での挑戦

 JR飯田線はとても魅力の多い路線だと以前から聞いていた。僕は大好きな自転車を「輪行」(自転車をコンパクトにして専用の袋に入れ、電車に乗せること)して仲間と「自転車途中下車の旅~飯田線~」を敢行する。

 まずは有名な秘境駅、小和田駅で降りた。なんとこちらは「車道」にまったく通じていない。山の中に取り残されたように感じる、まさに秘境、と言った風情なのだ。わずかな歩道はあるので、自転車なら次の中井侍駅へ行ける、と考えた。しかしこれが甘かった。ほんの少し走ったらもうあとはずっと「山道」だったのだ。自転車を抱えて1時間も山を登ることに。なんとか車道に出るもたいへんな絶景の中、難所が続く。なんと電車で約6分の中井侍駅に辿り着くのに3時間もかかってしまった。

 そして飯田線には「Ω(オメガ)カーブ」と呼ばれるところがある。下山村駅から伊那上郷駅の区間が迂回するようにΩ状にカーブして線路が敷かれているのである。距離は約6.5km。そこを約17分で走る。しかし最短距離は約2.3km。つまり下山村駅で降りて、ダッシュして2.3kmを17分以内に走れば、乗っていた電車に追いつくのである。

 そうか! 自転車なら…と考えるが、そうはいかない。前述の通り自転車は「輪行」しなくてはいけない。電車を降りて袋から出して組み立てて…。一般的な自転車では、ここで相当の時間を費やしてしまう。しかし僕が乗るのは素早くコンパクトになる「フォールディングバイク」。タイヤが小さい分走りは不利だが2.3kmならなんてことはない。いけるのではないか?

長閑さの中で

 挑戦の日。僕たちには緊張感が溢れるが、車内はたいへんに長閑である。ゆったりとした速度。窓から溢れるように差し込む陽の光。車窓の美しい眺めも僕たちの勝手な挑戦を優しくスルーしている。ここにあるのは圧倒的な日常なのだ。この日常を壊さない「フォールディングバイク」を選んで本当に良かった。袋に入れると自転車に見えないくらい小さくなるのだから。


風光明媚な景色を走る飯田線(田切~伊那福岡間)
<写真/マシマ・レイルウェイ・ピクチャーズ>

 下山村駅が近づく。僕たちは車内で仲良くなった親子にカバンを預ける。
「必ず戻ってきます」─扉が開いた瞬間飛び出す。自転車をひろげるのをいかに早くするかが勝負の分かれ目。まずまずの滑り出し。そして走る。走る。ひたすら走る。というわけにはいかない。間には信号が4つある。もちろんきっちり守らなくてはいけない。そして実はこの間ずっと上り坂。いきなり全力でペダルを踏み続けるのは本当にきつい。あごは上がり顔が歪む。しかし景色は圧倒的に長閑で美しい。その違和感に笑いそうになる。

 伊那上郷駅に到着する。ホームに人は少ない。行ってしまったのだろうか? 急いで自転車を畳む。その時、ゆっくり電車がやってくる。間に合ったのだ! 僕たちは降りた時と同じ扉に入る。「無事戻って参りました!」。親子は笑う。僕たちも笑う。全ての景色がもう一段美しく見えた。

 あれから数年。あの親子はどうしているだろう? 飯田線の持つ美しい景色の中で美しい日々を過ごしていることと思う。改めて感謝です。

*列車内での自転車の持ち込みについて:
サイクリングやスポーツ大会などに使用する自転車は解体し専用の袋に収納、折りたたみ式自転車においては折りたたんで専用の袋に収納してください。

プロフィール|俳優・タレント●石井 正則 Masanori Ishii
1973年神奈川県生まれ。1994年お笑いコンビ「アリtoキリギリス」を結成し、同年ホリプロお笑いLIVEでデビュー。コンビ芸人としての活動の傍ら、1999年にはドラマ『古畑任三郎』(フジテレビ)シリーズに出演し、俳優としての活動も続ける。2010年より鉄道旅行番組『ぶらり途中下車の旅』(日本テレビ)に出演し、現在ではドラマ・ラジオ・映画などで幅広く活躍中。

※「小型全国時刻表」2016年2月号より掲載しました。

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