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『時刻表でふりかえる 新幹線とニッポンあのころ』一見すれば、運転時刻を淡々ととどめ、数十年変わらぬたたずまいかのように思える時刻表。でも、新幹線誕生の時代にさかのぼり、時代の変遷とともにそのページをめくっていくと、そこには、知っているようで知らなかった、日本の発展と常に共に歩み続けている愛すべき新幹線の姿がみえてきた。

Vol.4 車両は進化 幹線も増加 失われることなき1990年代

車両重視の年代の華「のぞみ」

 90年代の時刻表を並べてみると、新型車両デビューの表紙がまず目につく。300系のぞみ、400系つばさ、全車2階建てのE1系MAX、E3系こまち、500系のぞみ、E2系あさま、700系のぞみといった新進気鋭の車両が、ときに先頭の顔アップで、ときに青空をバックに疾走している。

 80年代までは、日本各地の風景写真、そこにちらりと列車が写っているのが時刻表表紙の主流だったが、90年代に入ると急速にメカ重視になってくる。表紙と連動してか、中ページにあったちょっとした企画ページには、観光情報は姿を消し、新登場の車両の紹介が多くを占めるようになった。

 事実、90年代は、あたらしい新幹線の車両が次々と登場した時期だった。

 東海道新幹線では、まずは1992(平成4)年3月に東海道新幹線に「のぞみ」がデビュー。最高時速270kmで東京~新大阪を2時間30分で結ぶ300系が導入された。それまでの100系「ひかり」から26分短縮、価格は若干上乗せ、全席指定と、まさにスーパーな「ひかり」だった。これは、航空機に負けていられないという気概のあらわれで、速度重視のために食堂やビュフェは廃止、車体はアルミ製と徹底的な車体の軽量化がはかられた。

 デビュー当初は東京~新大阪を1日2往復、早朝と深夜に走り、しかも早朝の下りの1本は名古屋と京都を通過した。このことは当然、名古屋周辺の反感を買うことになるのだが、そうまでして東京~大阪間の最速の移動手段としてアピールしたかったのだろう。

 列車の名前も、それまでの「こだま」「ひかり」といった、わかりやすく“速さ”を表したものから、「のぞみ」という、どこか情緒的な響きになる。それまでの新幹線とはランクがちがう、航空機にも十分対抗できる高性能な車両の登場は、バブル景気が終わりかけで失速気味の日本の(JR東海にとっても)「のぞみ」だったといえる。質実剛健な昭和が終わり、新しくやってきたスマートで未知数な希望が詰まった平成という時代を象徴する列車だった。

 その後、「のぞみ」は1997(平成9)に超絶流線型の500系、1999(平成11)年にはカモノハシ形の700系が登場、速く快適に走る技がどんどん研ぎ澄まされてゆく。

新幹線で映画鑑賞?!

 「のぞみ」の登場で、東海道新幹線の主役の座を奪われた感がある「ひかり」は、新大阪~博多の山陽新幹線区間で、じつに細かい仕事をするようになる。週末に新大阪発広島行を運転する「ウィークエンドひかり」、新大阪?博多をつなぐ「シャトルひかり」、2階建て車両を連結した「グランドひかり」(東京~博多間も運転)などだ。

 なかでも0系を使って山陽区間を走った「ウエストひかり」には、「新幹線名画劇場」と銘打ったシネマカーが連結されていた。シネマルームは定員38名、料金は無料、上り下りとも1日3本の列車に連結され、月の前半と後半では上映作品が変わった。ラインナップは、「男はつらいよ」シリーズが1カ月のうち必ずどこかで上映されるのが特長で、ほかには「追憶」「再会の時」「家族ゲーム」などがあった。

 繁忙期にはビデオ上映はされずに自由席になったようだが、平日の昼間などに、新幹線に乗りながら1本の映画を鑑賞できるというのは、小さなしあわせだったのではないだろうか。88年(昭和63)年から94年(平成6)年まで上映されていたようで、バブル期らしいといえばらしいが、嫌味のないのどかな空間が思い浮かぶ。

 こうした山陽新幹線のアメニティ重視の流れは今でも引き継がれている。700系車両を使って走る「ひかりレールスター」で、普通車なのに座席が2列×2列のサルーンシート、パソコンを置くテーブルと電源があるオフィスシートや、車内放送が流れないサイレンスカー(2010年廃止)などがある。

在来線を走る「ミニ新幹線」の開業

 いっぽう、JR東日本では、92(平成4)年7月に山形新幹線「つばさ」、97年(平成9)年3月に秋田新幹線「こまち」が開通する。どちらも、在来線の狭軌の線路を新幹線仕様の広軌の線路に改軌するという方法で開通させ、それまでの新幹線専用線をつくる方法より、土地の買収がないぶん、コストダウンできる。ただ、走るのはあくまで在来線の軌道なので、従来の新幹線の車体よりコンパクトだったり、スピードが出せなかったりと制約があるため「ミニ新幹線」と呼ばれた。

 だが、それまで辺境の地と言えなくもなかった東北の日本海側に新幹線が通るようになった衝撃は決して「ミニ」ではなく、東京~山形を最速2時間27分、東京~秋田を最速3時間49分、しかも直通で結んだのは画期的だった。メカ重視の時刻表の中ページでも、さすがにふたつの新幹線の開通時には、それぞれの地域の観光情報がちりばめられている。

記憶に残る比較CM「超特急」を超越して日常のなかへ

 さて、当時のことで思い出すのは、秋田新幹線開通時のCMだ。

 秋田行きと思われる飛行機に乗客が乗り込みながら「新幹線て秋田まで行かないんだよな、秋田行きの新幹線があればなあ」とぼやくと、別の乗客が「あるよ」と言い、「なんだよ」「乗り換えなしでしょ」などと話しながら、次々と回れ右をして降りていく。焦った女性客室乗務員が機長に「機長、乗客が秋田新幹線に!」と報告すると「知らなかったなあ」と機長も、続いて乗務員も飛行機を降りて秋田新幹線に乗ってしまう。車内では「ビールでも飲んじゃおうかなあ」「あ、なまはげだ」「飛行機からは見えませんものね」と車窓を楽しみ、「途中下車しよう」と田沢湖駅で降りて温泉に行くという、なかなかに航空業界に喧嘩を売る内容だった。

 この「比較CM」は、97(平成9)年10月の長野(行)新幹線「あさま」が開通したときにもつくられている。修学旅行生が京都に来ていて、「京都じゃなくて信州とかに行きたい」と言うと先生が「信州は不便なんだぞ」と諭すが「新幹線ありますよ」「えっそうなの」と回れ右、寺の住職と尼様が焦るが、ふたりとも新幹線に乗車、観光を楽しむという流れだった。

 ちなみに長野新幹線は、翌年開催の長野オリンピックに向けて開通したが、当初は北陸新幹線の一部という扱いで、「北陸新幹線」と表記されるはずだった。だがそれではどこへ向かう列車かわかりにくいということで、時刻表を始め、駅の表示などは「長野(行)新幹線」(「行」は他の文字より小さい)とされた。いつのまにか「行」がなくなって「長野新幹線」となっている。

 どちらも、それまでは飛行機移動が常だったエリアや、「修学旅行といえば京都」といったそれまでのイメージからの脱却をユーモアたっぷりに主張していて、記憶に長く残っている。

 それまでの新幹線は、東海道、上越、東北と「線」でつながっていたが、山形、秋田、長野といった「点」をピンポイントで結ぶ列車の登場は、新幹線のあたらしい時代の始まりだったように思う。90年代は「失われた10年」といわれ、倒産、リストラ、就職氷河期といった言葉が新聞を飾った時代である。だが、こと新幹線においては、新型車両が次々に登場し、新たな幹線が開かれて、新幹線のコンセプトを広げたという意味では、開業以来の躍進を遂げた年代ともいえるのではないか。

 そうして新幹線はトクベツな列車から、日常のなくてはならないものとなったのだ。

「vol.5 2000年代」へつづく)


90年代の東海道・山陽新幹線は、「のぞみ」の投入で速達と快適性とをいっそう追求。のぞみ300系(左上)、500系(右上)、700系(左下)。車両登場の「JR時刻表」該当月号グラビアにも、スペックや機能の紹介ページが組まれた

東北新幹線は、分岐して在来線を走る「ミニ新幹線」として、山形新幹線「つばさ」(左上)、秋田新幹線「こまち」(左下)が登場。オール2階建て新幹線「Max(E1系)」(右上)の投入もあった。長野行新幹線「あさま」を経て、5つの新幹線を擁することに

ページをめくって振り返る新幹線とあのころ

90年代クロニクル

1990
「共通一次試験」が「大学入試センター試験」へ
礼宮文仁親王が川嶋紀子さんご成婚
イラク軍がクウェートに侵攻
東西ドイツ統一
今上天皇、即位の礼
『ちびまる子ちゃん』放映開始
1991
湾岸戦争が勃発
ジュリアナ東京がオープン
ソビエト連邦が崩壊
『東京ラブストーリー』放送
1992
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が勃発
尾崎 豊 死去
貴花田と宮沢りえが婚約(のちに破局)
『クレヨンしんちゃん』放映開始
1993
欧州連合(EU)が発足
クリントン・アメリカ大統領が誕生
オードリー・ヘップバーン死去
細川護煕内閣が発足
NTTドコモが携帯電話サービスを開始
Jリーグ開幕
皇太子殿下・雅子さまご成婚
1994
パレスチナ自治政府が成立
関西国際空港が開港
4月、羽田孜内閣が発足するも
6月に辞職、村山富市内閣が発足
松本サリン事件
北朝鮮国家主席・金日成が死去
大江健三郎がノーベル文学賞を受賞
『週刊少年ジャンプ』653万部発行
1995
阪神・淡路大震災が発生
東京都知事に青島幸男、
大阪府知事に横山ノックが当選
地下鉄サリン事件
Windows95が発売
アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』放送
1996
橋本龍太郎内閣が発足
民主党が結成
大腸菌O157が蔓延
アトランタ五輪
渥美 清が死去
「たまごっち」ブーム
ドラマ『ロングバケーション』放送
1997
東電OL殺人事件
香港がイギリスから中国へ返還
神戸連続児童殺傷事件
ダイアナ元皇太子妃、パリで交通事故死
消費税5%に
山一証券、北海道拓殖銀行が破綻
映画『もののけ姫』公開
1998
長野オリンピック開催
和歌山毒入りカレー事件
北朝鮮がテポドンを発射
黒澤明監督が死去
1999
NTTドコモ「iモード」サービス開始
欧州の統一通貨「ユーロ」が登場
池袋通り魔殺人事件
宇多田ヒカル『First Love』大ヒット
『だんご3兄弟』大ヒット
『五体不満足』(乙武洋匡・著)ベストセラー

JR時刻表

2011年2月号(1月25日発売)

3月12日 東海道・山陽新幹線+
九州新幹線ダイヤ改正

九州新幹線全線開業

新大阪~鹿児島中央間を直通する
〔みずほ〕〔さくら〕運転
改正線区の主要列車時刻収録

3月5日 新型車両E5系デビュー
東北新幹線〔はやぶさ〕登場

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文:屋敷直子

参考文献
「新幹線と日本の半世紀 1億人の新幹線―文化の視点からその歴史を読む」近藤正高/交通新聞社

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