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久住 昌之 Kusumi Masayuki (文・写真・画)

東京都出身。ドラマ化もされた『孤独のグルメ』(谷口ジローとの共著・扶桑社)、『花のズボラ飯』(水沢悦子との共著・秋田書店)ほか、漫画、エッセイ、音楽など多方面で創作活動を展開中。足掛け2年をかけて東京から大阪までを散歩した近著『野武士、西へ 2年間の散歩』(集英社)が発売中。

内房線 うちぼうせん

蘇我(千葉市)から安房鴨川(鴨川市)までの全30駅。119.4km。東京から館山までは特急「さざなみ」が直通運転していて、2時間弱で到着する。今回歩いたのは館山市と南房総市。房総半島の、くびれ部分。

 車道歩きはちょっと味気ないな、と思っていたら、前方でスクーターが止まり、乗っていた者が降りてヘルメットを脱いだ。髪を金に染めた30代くらいの男で、ボクを見ている。どうしたんだろう。
 すると、「クスミさん、ですよね?」と声をかけてきた。「あ、そうです」と戸惑いつつ答えると、「やっぱりそうですよね! さっきすれ違ったんですよ。絶対そうだって思って戻ってきたんです。やっぱりそうですよね。今日は取材ですか? 本、持っていればよかったなぁ」と笑顔で話した。読者さんか。ここから館山のほうに少し戻ったところで「おやつマルシェ」という手作り菓子店をやっているそうだ。握手して別れた。いい笑顔だった。

 それから30分ほど歩くと、九重(ここのえ)駅の前を通りかかった。小さな無人駅だが、まだ新しく小洒落たデザインだ。でも駅前には店一軒ない。バス停のような駅だ。

 そこから道はずっと線路と並走していたが、歩道がないところが多く、ちょっとコワかった。車はかなり多い。道が少しずつ上っていき、短いトンネルが現れた。鉄道と車道のトンネルが並んでいる。こういうのは初めてで、なんだか楽しい。入口に「南房総市」「千倉町」という看板があり、越えた、と思った。内房から外房へ抜けた。トンネルの中にはごく狭い幅だが、一段高い歩道があって、それだけで安心度がぐっと違う。そのあたりが半島的な低い山岳地帯のピークで、また水田が出現。


歩いていたら、声をかけられました。名前を聞くの忘れた 

鉄道と車道が、隣同士で
同時にトンネルに入って、同時に出る

すれ違った内房線の勇姿。水田に映える。
なんて、鉄チャンになりそうだ

 さっきから空腹を覚えていたところに、ポツンと一軒の手打ちそば屋が、一軒の家に理容室と並んで営業していた。一も二もなく入ることにする。
 「当店おすすめ」の鴨せいろを注文。1,200円。これがおいしかった。鴨もネギもそばもつゆも、全部おいしい。ネギはちゃんと焦がしてある。そばの味も香りもキリッと立っている。江戸前系でつゆの味が濃く、ボク好み。これを最後にそば湯で割って飲んだらあとを引いて、いつまでも飲んでいたくなった。だしがいいんだろう。ここに入ってよかった。冷たい水がまたウマかった。この辺は水がいいのかもしれない。

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