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久住 昌之 Kusumi Masayuki (文・写真・画)

東京都出身。ドラマ化された『孤独のグルメ』(谷口ジローとの共著・扶桑社)、『花のズボラ飯』(水沢悦子との共著・秋田書店)ほか、漫画、エッセイ、音楽など多方面で創作活動を展開中。旅先ならずともちょっと出かけて朝風呂に入り、ついでに一杯飲んで帰るという新刊、『ふらっと朝湯酒』(カンゼン)発売中。

呉線 くれせん

三原(三原市)から海田市(海田町)まで28駅。87㎞。ほぼ瀬戸内海に沿って広島県内を横断する路線。
時期により、クルーズ船のような車内と眺望が人気の観光列車「瀬戸内マリンビュー」も走る。

 

 低い山を下って農村地帯を抜けると、国道は短いトンネルに入った。ガードレールも、一段上がった歩道もない。ボクが散歩で一番怖いもの。大型トラックもビュンビュン来る。祈るような気持ちでトンネルに入る。幸いあまり大きな車はこなかった。冷や汗が出る。

 でもトンネルを抜けて、ちょっと歩いたら、ご褒美のように左手に海が現れる。小さな港に漁船が何艘も停泊していて、波のない海水が美しく、冷や汗が吹き飛ぶ。さらに、左手にあったはずの呉線が意外にも右手から現れて道に寄り添ってきた。どこかで線路もトンネルをくぐって道の下を抜けたのだろう。線路と並んでの海沿い歩きはウキウキする。

 そうして安芸津(あきつ)駅に到着。海では島からのフェリーがちょうど堤防の中に入って来たところ。駅のまわりには旅館や料亭や結婚式場、呉服店や、小さな神社などもあり、ここが古くからの海の道の拠点のひとつだったことを思わせた。カキの養殖も造船も盛んそうだ。ものすごい量のホタテの貝殻が海沿いに整然と重ねてあった。安芸津からはまた呉線に乗る。
 やって来た呉線は、クリーム色に赤と青のラインが入ったものだった。なめらかな海にカキ養殖の筏(いかだ)が見える。雲が美しい。島が多く、水平線というものが見えない。

 途中駅で乗ってきたおばちゃんが、ボクの前に座っていたおばちゃんに「あら! ナミちゃん?」と声を上げ、隣に座って話し出す。どうやら同級生らしい。すごく久しぶりに偶然会ったようだ。いろいろ早口の広島弁で話しながら「元気そうでよかったぁ」とか言って笑い合っている。電車はゴトゴト走る。バックは瀬戸内海。なんだかドラマを見ているようで、ジンとした。なおも電車は海沿いをトンネルを潜り潜り走り、気がついたらボクはウトウト寝てしまった。

 なんとか寝過ごさず、広(ひろ)駅で降りる。広島の広。島が消えた広島みたいで、不思議な感じ。ここからまたふた駅歩くのだ。
 すっかり市街地。低い山が近いことを除けば、マンションも多く東京と変わらない。でも広島風お好み焼きの店がちゃんと多くて、質屋が「ひちや」と表記されているのが、自宅と遥か遠いことを思い出させた。


広島といえばカキだが、ホタテもこの貝殻! 安芸津

最後の最後で鉄橋を渡る列車が撮れた。黒瀬川

 水はとても少ないが広い川を渡る。瀬戸内海側に呉線の鉄橋が見え「ここで電車が通ってくれたらなぁ」と思っていたら、橋を渡り終える頃、電車が来た。慌てて写真を撮る。今回、つたい歩いている途中、ほとんど電車に会わなかったので、つたい歩き列車写真が1枚も撮れないのかなぁ、と思っていたので嬉しかった。川の名前は「黒瀬川」だと渡りきったところで知った。ボクの先生の赤瀬川原平さんを思い出す。

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