『トレたび』は、交通新聞社が企画・制作・運営する鉄道・旅行情報満載のウェブマガジンです。

久住 昌之 Kusumi Masayuki(文・写真・画)

東京都出身。ドラマ化された『孤独のグルメ』(谷口ジローとの共著・扶桑社)、『花のズボラ飯』(水沢悦子との共著・秋田書店)ほか、漫画、エッセイ、音楽など多方面で創作活動を展開中。文庫版『ひとり飲み飯 肴かな』(日本文芸社)発売中。

いすみ鉄道 いすみてつどう

上総中野(大多喜町)から大原(いすみ市)までの26.8km、14駅。かわいらしい車両と、全線を通じて見られる菜の花が人気のローカル線。
今回は大多喜から国吉までから足を延ばし、上総東まで歩いた。

 大多喜駅は大多喜城もある観光地で、町も沿線では一番大きい。20年前の時は、雨の中、ここの県民の森にあるバンガローに泊まった。濡れたものを脱いで、狭苦しいシャワー室で温水を浴びた。屋根のあるバーベキュー場で焼き肉をしたが、撮っても使えないのでカメラも回さず、寒くて暗くてあまり盛り上がらなかった。いい旅よりヒドイ旅、おいしいものより、マズかったもののほうが案外記憶に残っているものだ。しかも時が経つと、まんざら嫌な思い出でもなくなっている。ロケバスで東京に帰ってきて、スタッフとやけ酒して異様に盛り上がったこととか。

 11時半前、歩き始める。駅の近くには古い蔵やレトロな屋敷があり、城下町の雰囲気が残っている。でもそれを横目にどんどん歩く。町を抜けると水田とその向こうに低い山。そこに桜のピンクがちらほら。杉。竹やぶ。田植え前で水を張られた田んぼからは、カエルの鳴き声が聴こえた。正しい日本の田舎。車道を歩いているのが惜しい。だが川が多いのでそうするしかない。やがていったん離れていた線路が田んぼの向こうから近づいてきた。


鉄道名が書かれた古い鉄橋。列車よ来い!と祈るも、来ず

 古い鉄橋があり、線路の下にペンキで「いすみ鉄道」と書いてある。偶然列車が通ってくれ! と祈ったが、ダメだった。道端に咲いた水仙の花に慰められる。ところどころに群生する菜の花は、曇り空を地面から照らし返してくれているようだ。小雨がぱらついたので、リュックから傘を出してさす。気温は4月にしては低いが、防水性のウインドブレーカーを着ているので、全然寒くない。この程度なら、春雨も風情だ。線路の草や新緑が雨を喜んでいるように見える。今回は、雨のせいか気持ちが静かだ。でも新緑と花のせいでけっして沈んだ気持ちにはならない。こういう里山歩きも、たまにはいいものだ。水田に風景が逆さまに映っている。それにしてもいすみ鉄道の列車が来ない。

前のページへ 次のページへ
旅の手帖mini

散歩の達人MOOK

バックナンバー

このページのトップへ