『トレたび』は、交通新聞社が企画・制作・運営する鉄道・旅行情報満載のウェブマガジンです。

久住 昌之 Kusumi Masayuki (文・写真・画)

東京都出身。ドラマ化された『孤独のグルメ』(谷口ジローとの共著・扶桑社)、『花のズボラ飯』(水沢悦子との共著・秋田書店)ほか、漫画、エッセイ、音楽など多方面で創作活動を展開中。文庫版『ひとり飲み飯 肴かな』(日本文芸社)発売中。

身延線 みのぶせん

富士(静岡県富士市)から甲府(山梨県甲府市)までの88.4㎞、39駅。霊峰富士の山麓を走る。沿線の富士山本宮浅間大社、身延山久遠寺、甲斐善光寺が有名。昭和3年には全通している歴史ある路線だ。今回は富士から富士宮(富士宮市)まで歩いた。

 右手に低い山が迫ってきた。山の上の日当たりのよさそうなところは茶畑になっている。富士根駅到着。富士山の根か。あ、また列車が来た。写真を撮ろうと思ったら、すごい速さのまま駅を通過した。特急か。

 強い日差しの下を淡々と歩いて、さすがに足も疲れてきた頃、身延線沿いに小さな児童公園があった。その藤棚の下のベンチで歩き出してから初めて座る。日陰は涼しい。この時撮った写真のデータに12時39分とある。今はこれが便利だ。ひと息ついて、仕事のメールを読んだついでに、つい現在位置を見てしまう。そういうのはこの歩きでは見ないんだが。もうすぐ源道寺(げんどうじ)駅で、次が目標の富士宮だった。源道寺の先は線路に沿った道はなく、かなり複雑だ。線路と少し離れるが、県道を行けば、その先で富士宮駅とひとつになる。あまり面白くはなさそうだが、空腹と疲労と気温を考え、車の多い県道を選ぶ。実際日焼け止めを塗った腕がすでに赤くなっている。

 県道に入って歩き出すと、前から自転車でザーッと音を立てて小学生がやってきた。こいでない。緩い坂なのだ。そうか、もうボクは富士山の裾野を登っているのか。その昔は、家も何もなく、道は眼前の巨大な富士山に向かっていたのだろう。空は晴れているが、前方には雲が広がり、どこに富士山の頂上があるのか見当もつかない。

 13時10分、富士宮駅到着。駅舎に「ようこそ富士山世界遺産のまち富士宮へ」「感動・夏・富士登山」と垂れ幕がある。駅前を少し歩き、小さな店で富士宮焼きそばとビール。このビールがウマかったこと。焼きそばは、まあまあ。でもおいしい。満足。長野から来たという若い女性2人客もいた。

 身延線で帰ろうと駅に戻り、歩道橋で最後にもう一度北の空に目を凝らす。うっすらと青黒く霊峰富士が見えた! 感激。

※「旅の手帖」2015年8月号より掲載しました。

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