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静岡駅近辺を散策してみると、この地におでんが根付いていることがよく分かります。そこかしこにはためく「おでん」と書かれた無数の暖簾。旧静岡市内だけでもおでんを出す店は約600軒ありますが、中でも一番の老舗と言われているのが大正3年(1914)創業の「水野商店」という駄菓子屋系のおでん屋です。
こちらのおでんは、まさに静岡おでんの基本形。黒はんぺんはもちろん牛スジ、白焼きなどの具材が、長年煮込まれた醤油ベースの真っ黒なスープから串を覗かせています。早速いただいてみると、関東・関西のおでんより味は濃いけれど、見た目ほどではなく、濃厚と言うより複雑妙味。何年も注ぎ足して使い、牛スジや練り物などから十分にダシを吸いとっている静岡おでんのスープだからこそ出せる味です。自分で青のり・ダシ粉をかけるのも静岡おでんの流儀の1つ。これがやや濃い味に煮込まれた練り物や大根に、風味と舌触りでアクセントを加えてくれます。
ゴボウ巻きも、糸コンも、などとつまんでいるうちに気がつくと皿は串でいっぱい。それでも勘定は1000円とかかりません。駄菓子屋系のおでんは、1本100円を切るものがほとんどなのです。
おいしいおでんを食べると、酒も欲しくなるのは左党だけではないはず。静岡には午前中から19時前後まで営業し、駄菓子感覚のおでんを食べさせてくれる店に対し、夕方から深夜まで開店している居酒屋系のおでん屋もあります。代表的なのが葵区にあるおでん横丁。
戦後の静岡市民の盛り場として賑わったおでん屋台ですが、昭和30年代に大きな転機が訪れます。きっかけは32年に開催された静岡国体。屋台は非衛生、大イベントの成功を妨げるということで立ち退きを余儀なくされたのです。それでも行政から代替地が割り当てられて青葉横丁をはじめ、常磐町近辺にある横丁ができました。
現在、各横丁にはカウンターだけの味のある店が多数並んでいます。ほぼ全店で静岡おでんを食べられますが、各店スープや種にこだわりがあって、はしご酒をしながら食べ比べするのも乙な楽しみです。
静岡おでんをおでん界の“東の横綱”に例えると、“西の横綱”は香川県。讃岐うどんの店にはセルフサービスのおでん鍋が置いてあり、地元出版社の調査によれば、うどん店の7割でおでんが食べられるといいます。
実際に訪ねてみると、うどんを注文するカウンターにたどり着く前に、おでん鍋が目に入ってきます。客はそこで好きな種を皿に取って、そのあとでうどんを注文し、おでんを食べながら待っています。清算は自己申告制で、会計時におでん何本と申請。牛スジなどの肉があると計算が変わるので、それも聞かれます。
この“セルフおでん”は、四国全域の食堂にまで広がっています。うどんの栄養成分のほとんどは炭水化物。ラーメン・そば・パスタと比べて、うどんは消化速度が速く、すぐに脳や体のエネルギー源となりますが、腹持ちがよくありません。練り物や野菜が入ったおでんとうどんの組合せは、実は栄養バランスの優れた組合せなのです。(文・写真=新井由己)
静岡おでん店の最古株。店中央のおでん机にはまった大きな丸鍋に、16種の具がグツグツ煮込まれている。おでんスープは、醤油とみりんにカツオダシを少々。あとは肉や練り物がいいダシを出してくれる。1日6個しか作らない「親子弁当」や「おむすび」なども人気。
静岡おでんの会会長・東川和夫さんが店主。目前には用宗(もちむね)海岸が広がる絶好のロケーション。おでんのスープは、みりん・酒などに牛スジ・鶏ガラのダシが加わり、隠し味にはなんと昆布茶が! 濃口醤油を使わず、さっぱりとした味わい。
この店のおでん鍋は、油が浮いていない真っ黒のスープで満たされている。大根は辛味成分がスープをまずくするので別に煮て、ジャガイモは煮崩れしないように1度煮てから冷蔵するなどの工夫も。黒はんぺんや牛スジをはじめ、素材の特徴が引き立っている。