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ネーミングの妙と歴史、調べます『国鉄&JR列車名研究所』人と同じように列車にもそれぞれ名前がある。ネーミングが“キラリ”と光る列車たち。その名前に込められた想いと、その列車の歩んできた道のりを調べてみました。第8回 「川」の名前の列車


第1章 臨時夜行準急としてスタート。列車名は歌にもなり大ヒット

【あずさ】松本盆地を流れる梓川(千曲川の支流)に由来


 昭和35年1月1日。夜行列車が多数運転され人気だった中央東線に臨時夜行準急「あずさ」が運転されます。「あずさ」の列車名は松本盆地を流れる梓川(千曲川の支流)に由来します。しかし、この列車は同年4月25日に「白馬」に改称され定期列車となり、「あずさ」の愛称は消えてしまいます。

 昭和41年12月には、新宿〜松本間に特急「あずさ」2往復がデビューします。車両は上越線特急「とき」と共通運用の田町電車区(現、田町車両センター)の181系10両編成が使用されました。

 「あずさ」は中央線で活躍し、昭和46年4月には季節列車ながら大糸線信濃大町まで入線。翌年には白馬までと活躍の場を広げます。この間、181系の受け持ちが新潟運転所(現、新潟車両センター)に変更されます。

 昭和48年10月改正では幕張電車区(現、幕張車両センター)の183系0番台を一部で使用開始。運転本数は10往復に増加し全列車に自由席が設けられ、エル特急に指定されました。しかし、この改正で181系からは食堂車が外されてしまいました。

 「あずさ」は順調に活躍を続け、昭和52年には兄弟歌手「狩人」が歌う『あずさ2号』が大ヒットをし、利用客が増加するなど社会現象も起きました。

 昭和61年11月改正では、急行「アルプス」の昼行列車、「こまがね」「みのぶ」「かいじ」を廃止し、特急「あずさ」に格上げ統合を行ない、「あずさ」は下り22本、上り23本に大増発され、千葉発着の列車も設定され、大きな変革を迎えます。

 昭和62年12月には普通車のシートピッチを拡大させ、グリーン車は2+1座席配置の183系グレードアップ車が登場。「グレードアップあずさ」と通称され、サービスが大きく改善されます。昭和63年3月からは甲府発着の「あずさ」が「かいじ」に分離されます。

 平成5年12月改正からは振り子式電車E351系が「あずさ」2往復に投入され、翌、平成6年12月からは特急「スーパーあずさ」として4往復の運転を開始します。

 平成13年12月改正では、「あずさ」の183・189系車両を新鋭のE257系に置き換え開始。翌年12月にすべての「あずさ」のE257系化が完了します。平成20年3月改正からは「スーパーあずさ」「あずさ」が一部を除き交互運転となり、「あずさ」はますます便利で快適な列車へと今も成長を遂げています。

北アルプスを背景に大糸線を行く183系特急「あずさ」。白馬まで乗り入れを行なった
中央本線を快走する特急「スーパーあずさ」。振り子式のE351系が投入されている

第2章 花輪線経由の気動車準急として誕生。廃止をくり返しながら奮闘活躍

【よねしろ】花輪線の沿線を流れる米代川に由来


 昭和37年2月。花輪線経由で盛岡〜秋田間を結ぶ気動車準急として「よねしろ」が新設されます。気動車の少ない花輪線にとってキハ58系を使用した「よねしろ」は待望の準急列車となりました。「よねしろ」の列車名は花輪線沿線を流れる米代川に由来します。

 昭和38年10月改正では「岩木」との併結列車として1往復が増発され、2往復となります。昭和40年10月改正では1往復が仙台発着となりますが、翌41年10月には同列車は併結列車の運転区間変更で愛称名を変更し、「よねしろ」も消え、同列車は従来の1往復のみとなります。なお、「よねしろ」は同年、急行に格上げされました。

 しかし、この列車も昭和43年10月改正で「はちまんたい」に改称されてしまい、「よねしろ」の名は一旦姿を消します。

 昭和45年10月改正では上野発着の急行「みちのく」を系統分離させ、仙台〜盛岡〜秋田間の列車として再び「よねしろ」の愛称が復活します。

 昭和47年3月改正では盛岡発着の「はちまんたい」と宮古〜盛岡〜秋田間に運転されていた列車を「よねしろ」に統合します。

 この後、しばらく「よねしろ」は宮古、盛岡〜秋田間を結ぶ花輪線経由の列車として長らく活躍をします。

 昭和57年11月改正では東北新幹線開業に伴い、盛岡〜秋田間に連絡特急「たざわ」は設定された関係で、「よねしろ」は盛岡〜大館、弘前間に運転区間を変更されてしまいます。 昭和60年3月改正では、沿線に併走する高速バスに勝つことができず、「よねしろ」は快速「八幡平」に格下げされるかたちで廃止されてしまいました。

 2度に渡る廃止を受けた「よねしろ」ですが、都市間輸送の需要は高く、急行列車の運転が必要とされたため、昭和61年11月改正では1往復の急行「よねしろ」が秋田〜陸中花輪間(現、鹿角花輪)に復活を遂げました。ただし急行運転は秋田〜大館間で花輪線内は各駅停車です。この「よねしろ」は平成3年9月から、車内を特急並みにグレードアップさせたキハ58系車両で運転され、大変好評でした。座席はグレーのリクライニングシート、車体はアイボリーに緑の塗装になりレールファンにも注目されました。

 平成14年12月、東北新幹線八戸開業。これに伴い、「よねしろ」はついに快速列車に格下げされ廃止されてしまいます。残った快速列車には愛称名も無く、寂しい限りです。

花輪線を行く急行「よねしろ」。グレードアップしたキハ58系車両が好評だった
グレードアップしたキハ58系車両の車内。ゆったりとしたリクライニングシートが並ぶ

文・写真:斉木実
※掲載されているデータは平成23年4月現在のものです。

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