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さよなら0系新幹線
憧れの「夢の超特急」が誕生!

 1964(昭和39)年10月1日、東京〜新大阪間を結ぶ「夢の超特急」の東海道新幹線が開業。新丹那トンネル熱海口で東海道新幹線の起工式が行われた1959(昭和34)年4月20日から世界に類例のない最高速度210km/hの高速鉄道建設が推進され、東京オリンピック開催の10日前に営業運転を開始。在来線の高速化で培われた技術を結集し、200km/hの壁を破る高速鉄道のトータル的な「新幹線システム」が完成した。

 なお、開業時の東京〜新大阪間の所要時間は超特急「ひかり」が4時間、各駅停車の特急「こだま」は5時間であったが、1965(昭和40)年11月1日改正から当初の目標であった「ひかり」の3時間10分、「こだま」の4時間運転を開始。また、列車名は一般公募で第1位であった「ひかり」が超特急、東海道本線の電車特急として親しまれていた「こだま」が特急に選出され、光速と音速をイメージする新幹線にふさわしい列車名となった。

弾丸列車計画」と新幹線

 昭和初期、東京〜下関〜大陸の主要都市間を高速で結ぶ「弾丸列車計画」が策定され、特に在来線の線路幅が狭軌(1,067mm)であった東京〜下関間は標準軌(1,435mm)の新幹線を建設することになった。1941(昭和16)年8月にはトンネル工事などがスタートし、日本坂トンネルは貫通、新丹那トンネルは3分の1が掘削されたところで工事が中断した。実は東海道新幹線の約18%にあたる100kmは弾丸列車計画時に買収した建設用地。さらに在来線が使用していた日本坂トンネルを新幹線用に転用するなど、夢の構想に終わった「弾丸列車計画」が新幹線建設に役立つことになった。

新幹線車両の開発

 1962(昭和37)年6月に試作車の1000形A編成とB編成が完成。鴨宮付近に設置されたモデル線で走行試験が繰り返され、B編成は当時の電車の世界最高速度の256km/hをマークした。

 1964(昭和39)年2月には試作車で得たデータを元に客室の機密性などを改良した「新幹線旅客電車」12両編成が登場。車体前面形状は空気抵抗を減らすための丸みを帯びた航空機のような流線形スタイル、車体塗色はアイボリーホワイトとブルーの爽やかなツートンカラーを採用。開業当初は30本360両であったが、1986(昭和61)年登場の38次車まで計3,216両が製造され、長期間に渡って東海道・山陽新幹線の顔として活躍した。

 なお、当初は「0系」という系列称号はなく「新幹線旅客電車」であったが、1980(昭和55)年に東北・上越新幹線用の車両(200系)が登場することになり、系列を分類する必要が生じたため、新幹線の原点・すべての始まりを意味する数字の0を付けて「0系」となった。

東京駅発6時の超特急「ひかり1号」の出発式。国鉄総裁のテープカットとともに新大阪に向けて発車した。

試作車の1000形A編成(写真上)とB編成(写真下)。高速鉄道の幕開けを飾る車両となった。

1976(昭和51)年ごろの新幹線の車内。210km/hという未知の世界を体感することができた。

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