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首都圏と北陸エリアを結ぶ歴史ある夜行列車 ありがとう!寝台特急「北陸」&急行「能登」(文=結解喜幸 写真=結解学)

寝台特急「北陸」

運転開始
昭和50年3月10日
運転区間
上野〜金沢
経由線区
東北本線・高崎線・上越線・
信越本線・北陸本線
所要時間
下り=7時間23分
上り=8時間01分
座席種別
A寝台1人用個室「シングルデラックス」
B寝台1人用個室「ソロ」
開放式B寝台

急行「能登」

運転開始
昭和50年3月10日
運転区間
上野〜金沢
経由線区
東北本線・高崎線・上越線・
信越本線・北陸本線
所要時間
下り=6時間56分
上り=7時間50分
座席種別
グリーン車指定席・普通車指定席
女性専用席「レディースシート」
普通車自由席

489系 交直流特急形電車

上野寄りに碓氷峠用のジャンパ連結器を備えたクハ489形500番台を連結する特急「白山」
北越急行ほくほく線経由の特急「はくたか」でも活躍した489系

 上野駅と金沢駅を結ぶ夜行急行「能登」に使用されている車両は、昭和47年3月に信越本線経由の特急「白山」で本格的なデビューを飾った交直流特急形電車の489系です。昭和39年12月に北陸本線大阪〜富山間の特急「雷鳥」および名古屋〜富山間の特急「しらさぎ」でデビューした481系をベースにした車両で、直流および交流50/60Hzの区間を走行できる3電源対応の485系と同時期に製造されています。

 さらに、信越本線横川〜軽井沢間の碓氷峠を越えるための装備を搭載していますが、外観では上野寄りのクハ489形500番台車に同区間でEF63形電気機関車と連結・協調運転をするためのジャンパ連結器を備えているのが特徴となっています。

 これ以外の基本的な走行性能は485系と同様のため、北陸本線の特急「雷鳥」「しらさぎ」や信越本線の特急「あさま」「そよかぜ」、上越線の特急「はくたか」「新雪」、さらに北越急行ほくほく線経由の特急「はくたか」など幅広いエリアで活躍してきました。

 現在、ラウンジカーを組み込んだ489系9両編成はJR西日本の金沢総合車両所に配置され、上野〜金沢間の夜行急行「能登」に使用されています。しかし、平成22年3月13日改正で急行「能登」は廃止(別形式の車両を使用して臨時列車として運転予定)されるため、ボンネットスタイルの489系が使用される定期列車は消滅することになりました。昭和46年に登場(当初は北陸本線の特急列車に使用)して以来、約40年間活躍を続けてきたボンネットスタイルの489系ですが、いよいよラストランとなるその日までのカウントダウンがはじまっています。

戦前からの名列車伝 上野駅と北陸エリアを結んだ夜行列車

 大正11年(1922)3月15日、信越本線経由で運転を開始した上野〜金沢間を結ぶ773・772列車。この列車が首都圏と北陸エリアを結ぶ夜行列車のルーツで、昭和4年9月からは601・602列車と列車番号が変更となり、昭和14年11月には金沢〜大阪間を延長運転するようになりました。

 その後、第二次世界大戦の戦況の悪化で運転休止になりましたが、昭和23年7月改正では上越線経由で上野〜金沢間を結ぶ急行601・602列車として復活。昭和24年10月22日には大阪駅までの延長区間も復活し、601列車は上野駅発21時10分→金沢駅着8時38分→大阪駅着15時55分、602列車は大阪駅発13時10分→金沢駅発20時3分→上野駅着7時17分のダイヤが組まれました。

 昭和25年11月には、全国各地を走る12本の急行列車に愛称が付けられることになり、601・602列車は急行「北陸」として運転されるようになったのです。

 昭和31年11月改正時、大阪〜富山間が昼行急行「立山」として独立し、夜行急行「北陸」は上野〜福井間に変更。昭和34年9月改正では、東海道本線米原経由で東京〜金沢間を結ぶ夜行急行「能登」が登場したのに伴い、運転区間が上野〜金沢間に変更されました。

 また、首都圏と北陸を結ぶ旅客量の増加により、信越本線経由で上野〜金沢間を結ぶ夜行急行「黒部」(昭和36年10月改正)、昭和40年10月改正では同じく上野〜福井間を結ぶ夜行急行「越前」が登場し、首都圏と北陸を上越線・信越本線経由で結ぶ夜行列車は3往復体制になりました。

 夜行急行「黒部」が上越線経由で上野〜福井間を結ぶ不定期急行「北陸1・1号」となり、従来からの「北陸」が1・2等寝台急行「北陸2・2号」として活躍するようになったのは、昭和43年10月改正の時です。

 一方、東海道本線経由で運転されていた夜行急行「能登」は昭和43年10月改正で廃止となりましたが、昭和50年3月改正で急行「北陸」1往復が特急に格上げされて寝台特急「北陸」になったのに伴い、残る1往復の急行「北陸」は愛称を急行「能登」に変更しています。

信越本線横川〜軽井沢間を越えるためEF62形電気機関車が牽引していた急行「越前」
EF65形+EF62形電気機関車の珍しい重連が牽引する14系急行「能登」
14系客車化される以前はEF58形電気機関車が旧形客車を牽引して走っていた急行「能登」

寝台特急「北陸」の誕生 20系ブルートレインを使用して

 東海道・山陽新幹線博多開業に伴う昭和50年3月改正では、20系ブルートレインの車両運用に余裕が出たため、寝台急行「北陸」は20系ブルートレインの寝台特急「北陸」に格上げされました。しかし、当時のブルートレインとしては運転距離が短く、ゆっくりと寝られないということもあって急行「能登」の方が人気を博しました。昭和53年10月改正で車両をB寝台の幅が広い14系に変更すると、運転時間は短くても快適に移動できる寝台特急「北陸」も人気の的になりました。

 平成元年3月からは近距離ブルートレインのモデル列車として、A寝台1人用個室の「シングルデラックス」やB寝台1人用個室の「ソロ」、シャワー室付き車両を連結。上野発金沢行きの下り列車では「チェックアウトサービス」が実施されました。これは、列車が6時33分に金沢駅に到着後、隣の東金沢駅に回送して9時まで寝台を利用できるというサービスで、金沢駅まで戻るための普通列車の無料送迎も付いていました。個室でゆっくりと休めることからビジネスマンに好評を博していましたが、防犯上の理由などにより残念ながら平成3年3月でサービスを終了しています。

 その後は上野〜金沢間を結ぶブルートレインとして、A寝台1人用個室「シングルデラックス」1両+B寝台1人用個室「ソロ」3両(2号車にシャワー室を設置)+B寝台車4両の8両編成で活躍を続けていますが、車両の老朽化や近距離区間における夜行寝台利用客の減少により、平成22年3月14日で廃止となることが決定しています。

雪景色に変わった早朝の上野駅に到着した20系ブルートレインの寝台特急「北陸」
EF81形電気機関車がヘッドマークを輝かせて走る寝台特急「北陸」
20系客車寝台から14系客車寝台にグレードアップされた寝台特急「北陸」

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夜行急行「能登」が登場 489系交直流電車を使用して

 昭和50年3月改正で急行「北陸」の愛称を変更して復活した「能登」は、上越線経由で上野〜金沢間を結ぶ夜行急行列車として定着。寝台特急「北陸」を補完する役目を担っていました。当時は「北陸ワイド周遊券」(急行券なしで急行列車に乗車できる)などを利用して金沢・能登半島方面を旅する若者の人気列車でした。

 上越新幹線大宮〜新潟間開業に伴う昭和57年11月改正では、新幹線+特急利用の乗客が増加することから急行「能登」と急行「越前」を一本化することになり、信越本線経由の「越前」を臨時列車に格下げし、上越線経由の「能登」を信越本線経由に変更。また、車両は特急用の14系客車にグレードアップされ、安くて快適な夜行列車として好評を博したのです。

 平成元年7月には七尾線七尾駅まで、さらに秋の行楽シーズンには輪島駅まで臨時延長運転されるなど、列車の愛称名にふさわしい能登半島方面への観光列車として活躍していました(臨時延長運転は約2年間で終了)。

 平成5年3月改正では、信越本線経由で上野〜金沢間を結ぶ昼行特急「白山」と共通の489系電車が使用されるようになりました。寝台車の連結はなくなりましたが、これにより寝台利用者は寝台特急「北陸」、座席利用者は急行「能登」という首都圏と北陸を結ぶ夜行列車のスタイルが明確になっています。

 平成5年のゴールデンウィークから多客時に福井まで延長運転されていましたが、平成6年12月には上野〜福井間の運転が定期化されました。また、長野行新幹線開業の平成9年10月には信越本線横川〜軽井沢間の廃止に伴い、急行「能登」は信越本線経由から上越線経由に変更。さらに平成13年3月改正では上野〜福井間の運転を上野〜金沢間に短縮し、現在の運転スタイルとなっています。

美しいボンネットスタイルの国鉄色489系9両編成で運転されている夜行急行「能登」
国鉄色に戻る前は特急「白山」用のオリジナル塗装で活躍していた489系
特急「白山」と共通運用されていた時代の急行「能登」

写真協力:裏辺研究所

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