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451・471・455・457系 交直流急行形電車

抑速ブレーキを装備した勾配区間対応の455・475系が登場

 昭和40年10月改正では待望の山陽〜九州間の電車急行の直通運転や東北本線盛岡電化に伴う電車化が計画され、453・473系の増備車として455・475系の製造が決定しました。奥羽本線板谷峠や山陽本線瀬野〜八本松間などの急勾配区間での使用を考慮し、抑速ブレーキを装備した新系列での製造となりました。直流急行形電車165系の交直流タイプとなりますが、抑速ブレーキを装備しない他形式との併結もできる構造(抑速ブレーキは使用できない)となっています。

 昭和40年10月1日、岡山〜熊本間に急行「有明」、大阪〜博多間に急行「第1/2つくし」、新大阪〜博多間に急行「第2/1つくし」、広島〜博多間に急行「山陽」、名古屋〜博多間に急行「はやとも」、博多〜熊本間に準急「ぎんなん」が設定され、4・10号車にビュッフェ車、5・6号車に一等車(後のグリーン車)を連結した475系12両編成で運転されることになりました。
 東北本線では上野〜盛岡間に急行「いわて」2往復と「きたかみ」1往復が増発され、上野〜仙台間は急行「まつしま」3往復、上野〜福島間は急行「あづま」1往復、白河〜仙台間は準急「あぶくま」1往復となり、愛称名の統一が図られています。

 北陸本線では愛称の統一が図られ、大阪〜金沢間は急行「ゆのくに」、大阪〜富山間は急行「立山」「つるぎ」となり、2両組み込まれていたビュッフェ車のうち4号車が普通車に変更となっています。

 昭和42年7月1日の磐越西線郡山〜喜多方間の電化に伴う改正では、東北本線の急行編成が変更となり、1〜6号車の付属編成が455系6両編成、7〜13号車の基本編成が8号車にビュッフェ車を組み込んだ451・453・455系編成となりました。付属編成を上野〜会津若松・喜多方間の急行「ばんだい」に運用するもので、昭和43年10月1日改正からは上野〜山形間の急行「ざおう」も抑速ブレーキが使用できる455系の付属編成が充当されるようになりました。

奥羽本線板谷峠を越えるための抑速ブレーキを装備して登場した50Hz区間用の455系

北陸本線・鹿児島本線・日豊本線の電車急行に幅広く運用された60Hz区間用の475系

急行時代の終焉 各地のローカル列車に活躍

 昭和43年10月1日改正では455・475系の急行運用が拡大し、東北本線の急行「いわて」「まつしま」「ばんだい」「ざおう」「あぶくま」「わたらせ」、常磐線の急行「ときわ」「そうま」、北陸本線の急行「立山」「ゆのくに」「兼六」「くずりゅう」、山陽・鹿児島・日豊本線の急行「玄海」「つくし」「はやとも」「しらぬい」「べっぷ」「ゆのか」で活躍。さらに昭和44年9月から昭和46年4月にかけて、交流50Hz・60Hz共用の457系のクモハ457+モハ456が19ユニット製造され、各エリアの電車急行増発用に充当されました。

 直流区間と交流区間を通しで運転できることから順風満帆の交直流急行形電車でしたが、幹線の特急化が進められるのに合わせ、ローカル急行運用が増加していきました。電車急行のシンボルとなったビュッフェ車ですが、利用客数の減少や従業員確保の難しさから次第に営業休止の列車が増加。山陽・鹿児島本線エリアでは昭和48年11月30日限りでビュッフェ営業を廃止。昭和53年10月2日改正では編成中に組み込まれていたビュッフェ車が外れ、急行列車の終焉の時が一歩一歩と近づいてきました。

 同様に東北本線でも昭和52年9月22日に全編成からビュッフェ車が外れ、北陸本線では昭和52年冬に北陸地方を見舞った豪雪により編成変更(基本編成からビュッフェ車を外す)で予備車を確保。列車の遅れや運休を最小限にする処置が取られましたが、春になっても外されたビュッフェ車が元に戻されることはありませんでした。

 幹線の急行運用から退いた後はローカル列車に転用されることになり、JR東日本ではオリジナル塗色に変更して快速・普通列車に運用。車内もドア寄りの座席がロングシート化されるなど、快速・普通列車の運用にふさわしい改造が行なわれています。さらに仙山線では大学生によるデザインの車両やオリジナル塗色車両、磐越西線でもオリジナル塗装が実施されるなど、路線に合わせたユニークな塗色で最後の花道を飾りました。

クリーム10号に緑14号の帯をデザインしたJR東日本オリジナル色で活躍した東北本線の455系

オイスターホワイトにコバルトブルーの帯をデザインしたJR西日本オリジナル色の475系

リバイバル塗色も登場 北陸本線で活躍する475系

 JR九州では同社のオリジナル塗色に変更され、主に鹿児島・宮崎エリアで快速・普通列車に運用。短編成化で不足する先頭車を補うため、中間車両のグリーン車に運転台を取り付けて普通車化した車両も登場。正面は455系の先頭車ですが、側面はグリーン車時代の下降式窓の窓枠配置がそのまま残っており、異彩を放つ存在として注目を集めていました。しかし、九州エリアでは415系の転属により平成19年3月18日に定期運用が消滅し、九州エリアにおける475系の運転の歴史に終止符が打たれました。

 JR東日本エリアでは平成20年3月14日で定期運用が終了しましたが、埼玉県さいたま市の鉄道博物館にはクモハ455-1・モハ454-4+クハ455-2の3両が静態保存されており、館内ヒストリーゾーンに展示されるクモハ455-1は国鉄色、屋外の休憩スペースとして利用されるモハ454-4+クハ455-2の2両はJR東日本の仙台エリアのオリジナル塗色となっています。

 北陸本線では419系と同じ赤2号の車体にクリーム10号の帯をデザインした旧北陸色でしたが、JR西日本では同社オリジナル塗装に変更されています。また、平成17・18年にはA16編成とA19編成の2本が国鉄色に塗り替えられ、リバイバルトレインとして運転。北陸本線は60Hz区間のため、60Hz車を識別するための裾の帯を再現されており、登場当時の姿を今に伝える貴重な存在になっています。さらに平成22年2月には青色一色に塗装されたA18編成が登場し、現在は3タイプの車体塗色が活躍。昭和37年の登場以来、電車急行・準急として活躍を続け、JR化後も快速・普通列車に運用されてきた451・471系グループも北陸本線が最後の活躍の場となりました。今しばらくは元気な姿を見ることができますが、やがては消える運命にあります。昔懐かしい国鉄色の車両に乗れば、急行全盛期の時代にタイムスリップすることができます。

クリーム10号に青23号の帯をデザインしたJR九州オリジナル色で活躍した九州地区の475系

北陸本線用のA16編成とA19編成は昔懐かしい交直流急行色に復元されて活躍中

※掲載されているデータは平成22年8月現在のものです。

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