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懐かし列車シリーズ(6)今もイベント列車で活躍する国鉄旧形客車 かつては全国各地でその姿を見ることができた国鉄旧形客車。今回はイベント列車でも活躍する主な形式にスポットを当てて紹介します。(文=結解喜幸 写真=結解学)

What's 国鉄旧形客車?

 国鉄時代は幹線の急行列車から普通列車まで幅広く活躍していた客車列車ですが、電化の推進による電車化や短編成で小回りが利く気動車化が進み、国鉄末期にはその姿を見ることが少なくなりました。ブルートレインの名で親しまれた20系客車や、大阪万博EXPO’70の団体輸送で活躍した12系客車、特急用座席車として誕生した14系客車など、冷房装置を取り付けた車両国鉄新系列客車とした場合、それ以前に製造された非冷房の車両国鉄旧形客車の分類になります。
 昭和20年代から昭和50年代にかけて全国各地の急行・普通列車で活躍したのが、昭和4年に国鉄初の鋼製客車として登場したスハ32形以降の形式で、戦後は木造客車からの改造車や特急用にも使用された系列があります。さらに使用されるエリアに合わせた形式が登場するなど、1両1両が独立して運用できる客車には多種多様なものがありました。なお、10系軽量客車は洗練されたスタイルで新系列とも言えますが、座席車は非冷房であったこともあり、国鉄旧形客車に分類されています。
 幹線の電車化やローカル線の気動車化などにより旧形客車は廃車の運命を辿りましたが、文化遺産として動態保存され、今もイベント列車で活躍する車両があります。JR北海道にオハフ33 2555・スハフ42 2071・スハフ42 2261・オハシ47 2001(オハ47 2239の改造車)・スハシ44 1(スハフ44 2の改造車)の計5両、JR東日本にスハフ32 2357・スハフ42 2173・スハフ42 2234・オハ47 2246・オハ47 2261・オハ47 2266・オハニ36 11の計7両の国鉄旧形客車があり、JR北海道では「SLニセコ」などのSL列車、JR東日本ではSL列車やDL牽引のイベント列車で活躍しています。
 このほか、津軽鉄道の冬の風物詩となったストーブ列車用として同社にオハフ33形が1両、オハ46形が2両の計3両、大井川鐵道ではSL列車用としてオハ35形が6両、オハフ33形が2両、オハ47形が4両、スハフ42形が4両の計16両および財団法人日本ナショナルトラスト所有のスハフ43形が2両とオハニ36形が1両の計3両も動態保存されており、SLに牽引された国鉄時代の懐かしい客車列車の姿を見ることができます。

国鉄初の20m鋼製客車として登場したスハ32形・スハフ32形客車

 昭和4年、当時の鉄道省が初の車体長20mの鋼製客車として製造したのが、4人用ボックス席に2つの小型窓が並ぶ外観が特徴のスハ32800形(後のスハ32形)です。三等座席車のスハ32形、三等緩急車のスハフ32形が基本となる形式グループで、戦前の特急「富士」「櫻」「燕」などに使用された寝台車や展望車、食堂車などがあります。戦前に大量生産された標準的な形式で、戦後は展望車が特急「つばめ」「はと」の最後尾を飾り、寝台車は急行列車などにも連結されていました。
 三等座席車のスハ32形・スハフ32形は急行列車から普通列車まで幅広く運用されており、昭和30年代後半からは東海道本線や東北本線など幹線の普通列車で活躍。ほかの客車は4人ボックス席に1枚の窓であったのに対し、座席ひとり分ずつに1枚の小窓を配置した外観が独特なものでした。0系新幹線車両の大窓と小窓のような違いがあり、編成の中でもひときわ目立つ存在になっていました。
 しかし、戦前製の車両ということもあり、昭和50年代後半にはほとんどの車両が廃車となり、JR化ではJR東日本にスハフ32 2357の1両のみが継承されました。このほか、同形式グループの展望車マイテ49 2はJR西日本で動態保存されており、山口線のSL列車「やまぐち号」のイベント用として活躍しています。

昭和4年から製造されたスハフ32形。ボックス席に2つの小型窓が並ぶスタイルが特徴となる

昭和初期の重厚な雰囲気が漂うスハフ32形の車内。窓には日除けの木製鎧戸が付いている

戦前の鋼製客車を代表するオハ35形・オハフ33形客車

 昭和14年、スハ32形客車の後継車となるスハ33650形(後のオハ35形)が登場しました。スハ32形では幅600mmの小型窓が採用されていましたが、本形式では幅1,000mmの大型窓となり、車窓の風景がワイドに楽しめるようになっています。登場当時はスハの形式でしたが、溶接構造の採用による軽量化で「オ」クラスの重量(客車の形式は重量を表すカタカナが付く。軽い方からコ・ホ・ナ・オ・ス・マ・カの順)となったため、形式変更の時に形式がオハ・オハフになりました。
 三等座席車のオハ35形・オハフ33形は戦前から戦後にかけて約1,900両が製造されたため、製造時期により屋根や車端のスタイルに変化があります。同じ形式でも製造工場による細部の違いもあり、客車ファンにとってその違いを見るのが楽しみな系列でした。このグループにも特急「鴎(かもめ)」に使用された展望車や特急「富士」「櫻」に使用された食堂車があり、スハ32系列とともに昭和初期を代表する客車となっています。
 戦後は急行列車から普通列車まで幅広く運用されていましたが、ローカル列車の50系客車化などによって姿を消してしまいました。JR化ではJR東日本にオハフ33 2555の1両のみが継承されましたが、その後にJR北海道へ譲渡され、SL列車「SLニセコ号」などで活躍しています。

スハ32形の窓をワイドにしたスタイルのオハ35形。戦前を代表する鋼製客車として活躍した

函館本線の「SLニセコ号」に連結されるオハフ33形。JRでは唯一の現役車両となる

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