『トレたび』は、交通新聞社が企画・制作・運営する鉄道・旅行情報満載のウェブマガジンです。

  • mixiチェック

一世を風靡したブルートレイン 昭和33年10月1日、颯爽とデビューした20系ブルートレイン。一世を風靡した20系客車の歴史にスポットを当てて紹介します。(文=結解喜幸 写真=結解学)

What's 列車の愛称?

 日本全国の鉄道には、愛称が付けられている列車が数多くあります。今では当たり前のような列車の愛称ですが、そのルーツは東海道本線の特急列車にあります。関東大震災以後の経済不況の中で利用客が減少していた国鉄(当時は鉄道省)では、昭和4年(1929)9月に列車利用のPRも兼ねて東京〜下関間の特別急行1・2・3・4列車に愛称を付けることをしました。愛称は広く一般から公募され、「富士」「燕」「櫻」「旭」「隼」「鳩」「大和」「鴎」「千鳥」「疾風」の順位で愛称候補が出揃いました。1・2等特別急行列車には1位の「富士」、2・3等特別急行列車には3位の「櫻」が付けられました。2位の「燕」は昭和5年10月に運転開始が予定されていた東京〜大阪間の「超特急」に使用されることになり、公募ベスト3が東海道本線の特別急行列車として活躍しました。
 私鉄でも近畿日本鉄道の前身となる大阪電気軌道・参宮急行電鉄が「いすず」、京阪電気鉄道が「びわこ」などの愛称を使用していたほか、当時日本が統治していた大陸の一部や満州国を走る列車にも「ひかり」「あかつき」「あじあ」などの愛称を付けた特急・急行列車が運転されており、列車に対する親しみが増すものとなっていました。
 国鉄の愛称付き特別急行列車は、第二次世界大戦の戦況悪化によって列車の運行中止となりましたが、戦後は昭和24年9月に東京〜大阪間に復活した特急列車に「へいわ」の愛称が付けられました。昭和25年1月には一般公募によって「へいわ」を「つばめ」に改称し、さらに同年6月には同区間の特急列車に「はと」の愛称が付けられました。また、昭和24年9月に国鉄の急行列車で初となる「銀河」、10月には準急列車で初となる「いでゆ」の愛称が登場するなど、特急列車から快速列車まで愛称が付けられる時代となりました。
 昭和30年代の国鉄は列車毎に愛称を付けていたため、地名や山河名、花の名など多種多様な愛称付き列車が運転されていました。指定席券の発売時にも余計な手間がかかり、利用者からもわかりにくいという問題点があったため、昭和43年10月改正では大幅に愛称を整理。同一区間を走る列車には同じ愛称を付け、1号・2号と列車毎に号数を付けることになりました。昭和53年10月改正からは号数を下りは奇数、上りを偶数とし、現在もそのスタイルが続いています。

颯爽とデビューを飾った 20系寝台特急「あさかぜ」

 昭和33年10月1日、東京〜博多間を結ぶ20系客車を使用した寝台特急「あさかぜ」が登場しました。当時の東京〜九州間の特急列車には非冷房の客車が使用されていましたが、颯爽とデビューを飾った20系客車は全車冷房完備という当時としては豪華なもので、「動くホテル」として好評を博すことになりました。青い車体にクリーム色の帯を3本巻いたデザインも夜行列車にふさわしいもので、後に「ブルートレイン」の愛称が付けられるポイントになっています。
 列車は、荷物車のマニ20形を先頭として、1号車に国鉄初となる1人用個室寝台「ルーメット」10室と2人用個室寝台「コンパートメント」4室を備えた2等寝台車のナロネ20形、2・3号車に2等寝台車のナロネ21形、4号車に2等座席車のナロ20形、5号車に食堂車のナシ20形、6〜11号車に3等寝台車のナハネ20形、12・13号車には3等座席車のナハ20形・ナハフ21形を連結した13両の固定編成になりました。
 運転時刻は下り7列車は東京発18時30分〜博多着11時40分、上り8列車は博多発16時50分〜東京着10時で、車内で夕食と朝食が楽しめる時間帯でした。夕暮れ時の時間帯に東京駅を発車する列車の華麗な姿は憧れの的であり、列車の窓には全車冷房完備の快適な列車の旅を楽しむ人の笑顔が映し出されていました。

東京〜博多間の寝台特急「あさかぜ」でデビューを飾った全車冷房完備の20系客車

日本一豪華な個室寝台設備を持つ寝台特急列車として一世を風靡した20系「あさかぜ」

待望の20系客車を増備 寝台特急「さくら」「はやぶさ」誕生

 当時としては最高のサービスを提供する20系寝台特急「あさかぜ」の人気は高く、九州各県から20系客車運転の要望が出されるようになりました。当時、東京〜長崎間に特急「平和」や東京〜鹿児島間に特急「はやぶさ」が運転されていましたが、いずれも旧形客車を中心とした非冷房客車が使用されていました。そこで、昭和34年7月20日の運転を目指して20系客車が増備されることになり、まずは東京〜長崎間の特急「平和」が20系化され、愛称を「さくら」に変更。新たに1人用寝台個室「ルーメット」6室と開放式2段ベッドを設置したナロネ22形が登場し、「あさかぜ」のナロネ20形に代わって1号車に連結されました。
 列車は、荷物車のカニ21形を先頭として、1号車にナロネ20形、2号車にナロ20形、3号車にナシ20形、4・5号車にナハネ20形、6号車にナハフ21形を組み込んだ7両編成で、東京〜博多間では7〜11号車にナハネ20形、12号車にナハフ21形の6両編成を増結した13両編成で運転されることになりました。長崎発着の特急列車も全車冷房完備の20系客車となって好評を博しましたが、残る鹿児島発着とはサービス格差が大きく、国鉄では翌年度の予算で20系客車をさらに増備。昭和35年7月20日から特急「はやぶさ」にも20系客車を投入することにし、東京〜九州間の3本の特急列車の20系化が完了しました。
 また、20系客車の増備にあわせて「あさかぜ」にナロネ21形、「さくら」の基本編成にナハネ20形が組み込まれて14両編成に増強。新設の「はやぶさ」も「さくら」と同じ編成が使用されることになりました。

昭和34年7月の運転から20系客車に置き換えられて好評を博した寝台特急「さくら」

3番目に20系化された寝台特急「はやぶさ」。夏の九州では冷房完備が人気の的であった

次のページへ

バックナンバー

このページのトップへ