山陰観光列車「みすゞ潮彩(しおさい)」の「みすゞ」とは、列車の終着駅・仙崎ゆかりの童謡詩人・金子みすゞにちなんでいる。土曜・休日は快速運転だが、平日は各駅停車。2両編成のうち1両だけが特別車両で指定席となる。特別車両は海側を向いた座席や三角や丸形の窓がユニークだ。下関から終点の仙崎駅までは約2時間10分の列車旅。下関で名物駅弁の元祖「ふくめし」や「みすゞ潮彩弁当」を買って乗り込むとよい。
下関を出発した列車は幡生(はたぶ)駅まで一駅だけ山陽本線を走ったあと、山陰本線に乗り入れる。福江駅あたりに来ると、車窓左手に日本海が登場。熱した瓦に茶そばと具を乗せた「瓦そば」で知られる下関の奥座敷・川棚温泉駅を過ぎると、いよいよ列車は海岸線に寄り添うように走り出す。これから始まるトレイン・クルージングに期待で胸は高鳴るばかりだ。
みすゞ潮彩のウリは、なんと言っても絶景ポイントでの「ビュースポット停車」だ。特に美しい沿線の絶景を堪能できるようにとの配慮で、案内放送もある。ビュースポット停車は、小串(こぐし)~湯玉間、宇賀本郷(うかほんごう)~長門二見間、黄波戸(きわど)~長門市間の3カ所。小串~湯玉間では、「沖合の島(厚島)は、名ピアニストのアルフレッド・コルトーが恋した島だった」などと解説してくれる。
また、第2のスポット(宇賀本郷~長門二見間)では、「眼前に見える夫婦岩は豊漁と安全を祈願するもの」との説明がある。このような解説があると色々と物知りになれるし、同じ景色でも、また違った魅力をもって見えてくるものだ。
長門二見駅からは、しばらく海と離れて山中を行く。少々長いトンネルを抜けて停まったのは特牛駅。「こっとい」と読む国内でも1、2を争う難読駅として知られる。その名の由来は、牝牛を示す方言「コトイ」からとか、日本海に面した小さな入江「琴江」からとか言われているが、定かではないらしい。静かな山間にポツリと建つ小さな木造駅舎は昭和レトロ感たっぷり。
次の阿川駅を過ぎたあたりから、みすゞ潮彩は再び“山列車”から“海列車”に。眼前には美しい海岸線が広がり、車窓に釘付けになることうけあいだ。
飛鳥時代の歌人・柿本人麻呂ゆかりの「八幡人丸(ひとまる)神社」の最寄り駅・人丸付近では、山に建つ白い風車が何台もくるくると回っている。風力発電用のもので最近よく見かけるようになった。
深川湾を望む黄波戸駅を出ると、最後のビュースポット停車がある。海の向こうに見えるは、幻想的に横たわる青海(おうみ)島。奇岩が並び立つその光景から“海上アルプス”の別称も持ち、その雄大な眺めにいつまでも見とれてしまう。
名残惜しげに列車が発車すると次は長門市駅。山陰本線と美祢(みね)線が乗り入れる要衝だ。ここからは東萩、出雲市方面への本線と分かれ、一駅だけの支線へ乗り入れる。
ホーム一面のみの仙崎駅は閑静な旅の終点だ。ホームには金子みすゞの可愛いイラストとともに彼女の詩が書かれた看板があった。「みんなちがって、みんないい」。これは「みすゞ潮彩」での旅の楽しみ方にも当てはまる名文句だ。