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ニッポン“道の記”草子 歴史とロマンを求めて 古道てくてく歩きの旅|第2回 冬の甲州道中 宿場巡りの旅

小仏(こぼとけ)峠を越えて相模の国へ
日野宿脇本陣跡
江戸末期に日野名主を務めていた下佐藤家の住宅であった日野宿脇本陣跡。元々名主であった上佐藤家と交代で名主を務め、幕末には本陣も務めた。嘉永2年(1849)に火事で焼失した建物はその後再建され、都内に唯一残る貴重な本陣建築となっている。開館時間:9:30~17:00 休:月曜 入場料:大人200 円 TEL.042-583-5100
高尾駒木野庭園
高尾駒木野庭園は、大正年間築の本格的な日本建築(写真)の住居兼診療所と、周囲に整備された池泉回遊式の美しい日本庭園。駒木野宿跡近くにあり、庭園や館内で休憩でき、庭園では抹茶もいただける。抹茶セツト(和三盆つき) 500円 開園時間:9:00~16:00(11~3月) 休:年末年始 入園料:無料 TEL.042-663-3611
小仏関跡
戦国時代には峠の上にあり富士見関とも呼ばれていた小仏関跡。武田、今川、緒田などの勢力が滅びると麓の駒木野に移され、甲州道中の重要な関所となった。特に「入鉄砲に出女」は厳しく取り締まられ、抜け道を通ることは関所破りとして「はりつけ刑」にされたという。現在の関所跡は駒木野宿跡でもある。
小原宿本陣
相模国に入って最初の宿場。神奈川県では本陣は、東海道と合わせて26軒あったうち、現存するのは当小原宿本陣(当地の名主・問屋を務めた清水家)の建物のみ。道を隔てて相模湖地区の歴史文化が展示されている「小原の郷」がある。開館時間:9:30~16:00 休:月曜、年末年始 入場料:無料 TEL.042-684-4780
吉野宿ふじや
「吉野宿ふじや」は相模国に入って3番目の宿場。明治29 年(1896)の大火で五層楼の見事な本陣や旅籠「藤屋」は焼失したが、翌年に再建され、郷土資料館としてオープン。本陣跡に焼け残った土蔵とともに、往時の面影を伝えている。写真の展示物は急病人を運んだ駕籠(かご)。開館時間:10:00~16:00 休:月・木曜、年末年始 入場料:常設展は無料TEL.042-687-5022
小仏峠
甲州道中の武蔵と相模を結ぶ標高548mの峠。急勾配で車道化が難しいため、明治時代になって甲州街道は大垂水(おおたるみ)峠を経由するルート(現在の国道20号)に移された。現在では通行止め区間の近くまでバスが運行し、山頂からは高尾山や陣馬山方面へのハイキングコースが分岐している。
甲州道中の旅は、日野宿脇本陣から
 甲州道中には、日本橋から甲府を経て信濃の下諏訪宿まで約220km(53里)に、38の宿場が置かれていた。それぞれの宿場ができた時期ははっきりしておらず、戦国期の16世紀あたりから少しずつ整備が進んでいたようである。参勤交代に甲州道中を使ったのは信濃高遠藩、高島藩、飯田藩の3藩。下諏訪宿から江戸までは甲州街道の方が距離が短いにもかかわらず、他の信州諸藩は物価の高さや道路の整備状況などの理由で中山道を利用していたという。また甲府城に勤める役人「甲府勤番」や、富士山や身延山、善光寺への参詣者、幕府ご用達の宇治茶を届ける宇治採茶使もこの街道の利用者であった。
 街道の各宿場には大名や旗本、幕府の役人、勅使などの専用宿泊所である本陣や、その補助の脇本陣が置かれており、これには宿役人の問屋や名主などの居宅が指定されていた。都内には、甲州道中を含む五街道沿いに10あまりの宿場が残されているが、そのうち敷地と屋敷が現存しているのは、JR中央本線の日野駅近くに残る「日野宿脇本陣」のみである。立日(たっぴ)橋で多摩川を渡り日野宿へ至る手前に「日野の渡し場」の碑があった。かつて江戸から出ていく旅人はこの渡し場まで来ると「遠く異郷に来た」と思い、江戸に向かう人々は「ようやく江戸に着いた」と思ったという。
道中ひとつめの関、小仏峠越え
 甲州街道は、実を言えば江戸城が陥落した時に、将軍を親藩の甲府藩のもとへ避難させることを想定して造られた街道であったという。そのため通り沿いには砦として多くの寺院を設置し、短い道程であるにもかかわらず武蔵国の小仏と甲斐国の鶴瀬の2カ所に関所が設けられていた。日野市の高倉町で国道20号と合流し、大和田橋で浅川を渡ると八王子の横山宿。さらに20号を進み、JR中央本線の高尾駅を過ぎると山々が間近に迫ってくる。西浅川の信号を右手に入り、駒木野庭園、小仏の関所跡を過ぎるといよいよ峠道の始まりだ。最初は渓流と線路を眺めるのどかな田舎道を楽しんでいたが、舗装路が切れると、突然、勾配と旧カーブの砂利道に変わった。予想外の難路にめげそうになったが、88歳の老夫婦に元気づけられながら何とか登頂した。
 下山すると、照姫伝説が残る美女温泉からの道と合流し、20号に出ると相模国、最初の宿場の小原宿に至る。JR相模湖駅を過ぎて20号沿いに与瀬宿、吉野宿と続く。郷土資料館の「吉野宿ふじや」には、藤野の昔の人々の生活用具が展示されており、その中になぜか芭蕉関係の史料が多数展示されていた。館長さんにわけをお聞きすると「芭蕉は深川の庵が火事になり、初狩の知人を頼って甲州道中を旅した」という。これまで道中の所々で芭蕉の句碑を見かけたわけがわかり、なんだか嬉しい気分になった。
道中、最大の難所 笹子峠を越える
野田尻宿
野田尻の集落がそのまま宿場になったもので、家々の屋根には蔦屋、紺屋、鶴屋などの屋号が刻まれている。周辺には木造の大舞台がある犬嶋神社、古道の石畳、お玉ヶ井の碑、西光寺(甲斐国八十八ヶ所霊場7番札所)など、昔の宿場らしい見どころも多い。
下花咲(しもはなさき)宿本陣
江戸時代に下花咲宿の庄屋・問屋で、本陣を務めた旧家星野家の居宅。天保6年(1836)の火事で焼失したが、その後、すぐに再建。豪壮な外観や細部にわたって本陣建築の意匠をよく残している。明治13年(1880)に明治天皇が甲州道中を西下した折、休憩所として使われた。現在、見学は休止している。
猿橋
甲州道中の桂川に架かる重要な橋で江戸時代には「日本三奇橋」のひとつとしても知られた猿橋。7世紀に百済人の志羅呼(しらこ)が「猿が藤の蔓をよって断崖を渡るのを見て橋を造った」というのが名前の由来といわれる。木造で現存する唯一の刎(はね)橋。国の名勝に指定されており、人のみ通行できる。
名物笹子餅
JR中央本線笹子駅近くにある明治38年創業の名物笹子餅の店「みどりや」。笹子峠の力餅として、当時の国鉄中央線が開通したと同時に製造、駅売りを始めた。笹子餅のほか、酒粕入り蔵酒まんや杵つき餅も売っている。笹子餅5個入り410円、10個入り箱840円(写真)。営業時間:7:00~19:00頃(売り切れ次第閉店) 休:なし TEL.0554-25-2121
矢立杉
笹子峠古道の山中にある県指定の天然記念物。樹高26.5m、根元の幹囲14.8mの巨木で幹の中は空洞。その昔、笹子峠を通って出陣する武士が必勝を祈願してこの杉に矢を射ったことから「矢立のスギ」と呼ばれてきた。付近に東屋などの休憩所があり、旧道からも入っていける。
おくの細道 そば街道
山梨県大月市と甲州市の境にある標高1096mの峠で、黒野田宿と駒飼宿の間に位置する甲州道中最大の難所。昭和13年、峠頂上の真下にレンガ色の美しい坑口を持つ全長240mの笹子隧道(ずいどう)が開通した。峠道の途中に「明治天皇御野立所跡」がある。
道中きっての観光名所と明治天皇の山梨巡幸
 JR中央本線藤野駅の先の関野宿から、甲州道中は中央本線を大きく離れ、上野原宿、鶴川宿、野田尻宿、犬目宿、鳥澤宿に至るまで、北寄りの県道30号に沿う道となる。標高の高い山中に点在する各宿場は、いまもなお往時の趣を残し、時が止まったような静けさだ。野田尻宿から犬目宿に至る旧街道は、北条が甲斐の小山田に攻め込み勝利した矢坪坂古戦場や、「座頭転がし」などのいわれのある切り立った崖上道が続く。扇山登山道と合流して間もなく山道は終わり、鳥沢駅近くの鳥澤宿までは一気に舗装路を下る。猿橋宿付近の見どころは何と言っても国の名勝「猿橋」だ。江戸時代の工法を再現している木橋も見ごたえがあるが、橋の上に立つと、翡翠(ひすい)色をした桂川の淵と下流の国道20号に架かる新猿橋、そして色づく樹木のコントラストが実に美しかった。
 甲州道中を歩いていると各所で目にするのが「明治天皇御小休所跡」の碑である。小仏峠頂上を皮切りに、与瀬宿、吉野宿、上野原宿、大月宿、そして下花咲宿、中初狩(なかはつかり)宿、黒野田宿でも見かけたこの碑は、明治天皇が明治13年(1880)の巡幸の際に甲州道中を利用し、各宿場で休憩や宿泊したことを示した聖跡であった。つまりこの巡幸は、300年以上の長きにわたって役目を果たしてきた「本陣」の最後の大仕事ではなかったかと考えると、風雨にさらされ、いまなお残る色あせた木造家屋に、ご苦労様と言いたくなるのであった。  
勝頼主従が越えられなかった笹子峠
 猿橋駅を過ぎたあたりから、その岩肌に「岩殿山城祉」と書かれた小高い山が見えてくる。この山城は東国でも屈指の堅固さを持つ甲斐の小山田氏の居城であったが、天正10年(1582)、織田が甲斐を攻めた時に、信茂は織田方へ寝返り、岩殿山へ落ちようとする勝頼を、笹子峠の麓で阻んだという。その結果、勝頼主従は天目山へ敗走し自害する。
 初狩宿を過ぎると、左手に笹子川の流れを見ながら気持ちの良い道が続く。行く手に折り重なる甲斐の山々が、歩みを進めるにつれ次々と扉を開けてゆくようだ。笹一酒造の古い建物を過ぎると「笹子餅」の看板。さっそく作りたてのお餅で峠越え前の腹ごしらえとした。
  黒野田宿を過ぎ、国道20号が大きなカーブを描きながら橋を渡ると、甲州道中笹子峠へ分岐道があった。古道は並行する旧県道を何度も横切りながら、沢に沿う木漏れ日の坂道をどんどん登り詰めてゆく。やがて旧道の笹子トンネル。これを通らず、その裏手の急坂道をよじ登るとついに古道の峠の頂上に出た。峠の下りは枯れ葉の残り香が立ちこめるのどかな山道。おそい午後、やっと辿りついた麓の駒飼宿(こまかいしゅく)は、細い坂道に沿って建つ古い土蔵やお寺がひっそりと昔の佇まいを残し、かつてここでそんな戦いが繰り広げられたとはとても想像できない静けさに包まれていた。
●旅のスケジュール
★1日目
日野駅→日野宿脇本陣跡(JR中央本線日野駅から徒歩12分)→高尾駒木野庭園(JR中央本線高尾駅から徒歩15分)→小仏峠小原宿本陣(JR中央本線相模湖駅から徒歩20分)→吉野宿ふじや(JR中央本線藤野駅から徒歩20分)→藤野駅
★2日目
上野原駅→野田尻宿(JR中央本線上野原駅から徒歩約2時間)→猿橋(JR中央本線猿橋駅から徒歩20分)→下花咲宿本陣(JR大月駅から徒歩20分)→矢立杉笹子峠→甲斐大和駅
※1泊2日でまわる場合、JR中央本線の乗車と組み合わせた古道歩きをオススメします。
※掲載されているデータは2014年12月現在のものです。
てくてく歩いて見つけた、ニッポンいいもの。第2回 冬の甲州道中 宿場巡りの旅 編
 JR中央本線大月駅の西側から県道512号を車で20分ほど登った所にある「金山鉱泉 山口館」は、日帰り入浴や部屋食休憩が楽しめる家庭的な一軒宿だ。創業は明治35年(1902)。初代が湯治場として開業し、その名の通り信玄の隠し金山で働く人々の療養の湯であったという。
 岩風呂の鉱泉は連絡を受けてから沸かすので、日帰り入浴も要予約。また、蕎麦やうどんなどの軽食や宿泊者用の夕食料理を部屋食でいただく、昼食プラス日帰り入浴も可能。食事は山菜の天ぷら、ゆずこんにゃく、川魚の塩焼きなど、地元の旬の食材をふんだんに使ったアイディア家庭料理で、とても美味しい。ジャガイモとお米で作ったデザート、通称「金山だんご」も人気だ。
 宿からさらに山道を行くと、鴈ヶ腹摺山(がんがはらすりやま)方面に至る。山頂から見える富士山は旧500円紙幣の裏側の図柄にもなった絶景だ。
日帰り入浴500円(部屋食の昼食付きコースは3000円~) 1泊2食付き7500円 TEL.0554-22-3398
アクセス&インフォメーション
●アクセス
JR東京駅から中央本線特別快速で42分の日野駅下車
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文:風美紫紺(かざみしこん)
PROFILE
ライター。映像制作会社スタッフ。
風土と歴史や文化があいまって作りだす「風のいろ」と出合いに、自転車を抱えて電車に乗り、日本各地を旅する。五感で風を感じながら自分の足で「道」を往き、時空を超える旅の楽しさを伝えたい。
子育てとツーリングライフを描いた著書『ママはバイクを降りない』(潮出版)など。

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