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ニッポン“道の記”草子 歴史とロマンを求めて 古道てくてく歩きの旅|第7回
今も人の暮らし息づく 中山道の木曽路

奈良井宿から鳥居峠を越えて
奈良井宿
日本最長の宿場町である奈良井宿には、今も2階をせり出した出梁(だしばり)造りの大屋根や白漆喰(しろしっくい)の袖うだつなど、特徴ある木造家屋が通りに延々と軒を並べる。
上問屋(かみどんや)史料館
慶長年間(1602年~)から270年にわたり、奈良井宿で上問屋を務めた手塚家の住宅。上問屋では旅人のために伝馬(てんま)や人足を常備し、運営・管理していた。現在は「上問屋史料館」として宿場の史料を展示。開館時間:9:00~17:00 不定休(3月上旬~12月下旬のみ開館) 入場料:300円 TEL.0264-34-3101
伊勢屋
1818年頃に建築された奈良井の民家で、下問屋を務めた。現在は民宿の「伊勢屋」として営業し、外国人宿泊客にも人気だ。出梁造りの建物の内側や往時からの巨大な梁を見ることができる。
1泊2食9500円~ TEL.0264-34-3051
鳥居峠道石畳
木曽路随一の難所・鳥居峠の入り口には、今も草で覆われた当時の石畳が残されている。峠を越えた薮原宿側にも、峠の出口に石畳が残る。
御嶽(おんたけ)神社
江戸から来た旅人が、はじめて御嶽山を仰ぐことのできる場所(峠の最高地点)に建てられた「御嶽神社」。木曾義元が戦勝祈願してここに建てた鳥居が、峠の名の由来となった。
峠道からの御嶽山眺望
峠の頂上を過ぎると、林道と交差する地点で視界が開け、神々しい御嶽山の姿が見える。御嶽神社の拝殿脇には御嶽山を眺められる休憩ポイントもある。
姫街道とも呼ばれた中山道の木曽路
 中山道は1601年、江戸幕府により整備された主要五街道のひとつである。古代からあった東山道を変更してつくられた。江戸から北武蔵、上野、信濃、美濃、近江などを通過して京都まで約530km、69の宿場を数えた(草津で東海道と合流するので、草津・大津宿は共有)。関所は、上野国碓井(現・群馬県安中市)と信濃国贄(にえ)川(長野県塩尻市)、信濃国福島(長野県木曽町)の3カ所に設けられていた。
 中山道は、数カ所に険しい峠道があったものの、東海道のような大河越えが少なく、女性が通りやすいことから「姫街道」と呼ばれた。幕末に、皇女和宮が京都から江戸の将軍家へ嫁ぐ際に中山道を利用したのは、嫁入りに際して縁起の良い地名が多かったからだといわれている。

 ところで中山道のうち、信濃の塩尻峠を越え、美濃に至るまでの木曽川に沿う山深い道のりは、古くから「木曽路」と呼ばれてきた。その贄川から馬籠(まごめ)までの11宿のなかでも、奈良井・木曽福島・妻籠(つまご)・馬籠などの旧宿場町は、地域住民らの保存活動により往時の面影をよく残している。宿場内の散策はもちろん、地域の伝統的な建築様式を残した宿に泊まることもできる。また、これらの宿場を起点とする峠古道もよく整備されているので、木曽のすばらしい自然や歴史に触れながら古道歩きを楽しみたい。
人の暮らしが息づく奈良井宿
 奈良井宿は、標高940mの高所に位置しながら、中山道屈指の難所である鳥居峠を南にひかえ、「奈良井千軒」といわれるほどの賑わいを見せた宿場町である。

 JR中央本線の奈良井駅を降りて歩き始めると、桧皮(ひわだ)色をした出梁造りの大屋根が両脇を覆い、旅人をタイムスリップに誘うトンネルのようだ。ここ奈良井には、駅から峠口の鎮(しずめ)神社まで約1kmにわたって、天保8(1837)年の大火後に再建された往時とほぼ変わらぬ町並みが残されている。昭和の半ばに、旧中村邸の宿場外移設問題をきっかけに地元住民による保護運動が始まり、昭和53(1978)年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されたのだ。こうして守られてきた宿場町は、国内に現存するもののうち、最大級の規模だという。

 町並み保存は、日本各地の歴史ある町で進められているが、奈良井には観光目的に整備された町と違う趣がある。それは、そこに住む人たちの生活があるということだ。学校帰りに友達とじゃれあう子供たちや、赤ん坊をおぶいながら世間話をするお母さんたち……。古い問屋場や、高札場、枡形などが、今なお往時の空気を漂わせながら残っている。町を歩きながら、長い間、風雨に晒(さら)されてもこれほどの趣を放つ佇まいを、私たちも守り続けなければならないと切に思うのだった。
南木曽(なぎそ)の宿場町を訪ねて
妻籠(つまご)宿本陣
島崎家所蔵の江戸後期の絵図を元に復元された「妻籠宿本陣」。宿駅が制定されてより島崎氏(藤村の母の生家)が庄屋を兼ねて務めた。南木曽町博物館(脇本陣奥谷、歴史資料館と3館構成)として公開されている。開館時間:9:00~17:00 休:12月29日~1月1日 入場料:300円(3館共通券700円) TEL.0264-57-3322
脇本陣奥谷(おくや)
奥谷家は代々、脇本陣・問屋を務めた家で、島崎藤村の初恋の人「おゆふさん」の嫁ぎ先。「脇本陣奥谷」は明治10(1877)年築で、それまで禁制だった桧がふんだんに使われている。開館時間:9:00~17:00 入場料:600円(3館共通券700円) TEL.0264-57-3322
上嵯峨屋
「上嵯峨屋」は18世紀中期に建てられたという木賃(きちん)宿。木賃宿とは庶民向けの食事なしの宿屋で、客が持参した干し飯を湯で戻すための薪代が宿代だったことから名付けられた。往時の建築形式を残す、妻籠で最も古い建築物のひとつ。
藤村記念館
馬籠(まごめ)宿本陣を務めた島崎藤村の生家跡で、「藤村記念館」として公開されている。開館時間:9:00~17:00(12~3月は~16:00) 休:12~2月の水曜 入場料: 550円 TEL.0573-69-2047
水車小屋脇の枡形
幕府は宿場にも、敵の侵入を阻む防塞施設として城下町に見られるような「枡形」(直角に折り曲げた道)を設けた。馬籠の水車小屋脇に残る枡形で、現在の急坂は枡形道路の不便を解消するため、明治38(1905)年に改修された。
一石栃白木改(いちこくとちしらきあらため)番所跡
木材や木工品などの出荷を取り締まる白木改の番所跡で、当初は妻籠寄りの下り谷にあったものが、この一石栃に移された。宿場と宿場の中間に設けられた休憩所の立場(たてば)茶屋の遺構も残る。
御嶽山(おんたけさん)の眺望を拝み、鳥居峠を越える
 宿場町のはずれにある鎮神社の先の石段を登り、車道を少し行くと「中山道」の碑。そこから峠古道が始まった。いきなり急な勾配の登り坂が続くが、渓流の水音を聞きながら、木漏れ日のなかを歩くのが気持ち良い。木橋をいくつか渡ると、湧き水の水飲み場があったのでひと休みした。しばらく歩くと、木曾義昌が武田勝頼軍を迎撃したと伝わる「葬沢(ほうむりさわ)」の古戦場。遙か下の谷底に武田方の戦死者500余名を投げ捨てたことから名付けられたというが、下を覗き込もうと身を乗り出すと、ちょっと怖い感じがした。頂上までかなりきつい登り坂だったが、峠上から振り返ると、木々の合間に奈良井の町並みが見え、登ってきた喜びが込み上げてくる。

 頂上から鳥居峠の名の由来となった御嶽神社までには、実を煎じて飲めば子宝に恵まれるという「子産の栃」の伝説が伝わるトチの木がある。その巨木群を眺めながら、平坦な歩きやすい道を歩く。御嶽神社の鳥居は修復中で近寄れなかったが、境内からは遙か遠くに御嶽山の純白の峰が望めて、自然と手を合わせたい気持ちになるのだった。神社裏手の階段から丸山公園を経由し、東屋の展望台へ向かう。反対側の薮原宿が見渡せて、峠を越えてきた感慨に浸る。なだらかなつづら折りの坂を下りると、カラマツ林の風情ある石畳。峠の出口から15分ほど歩くと、次の宿場の薮原宿に至った。
『夜明け前』の舞台、馬籠宿へ
 「木曽路はすべて山の中」で始まる『夜明け前』は、島崎藤村が昭和4(1929)年に発表した自伝的要素の濃い小説である。幕末から明治維新までの激動期、17代続いた馬籠の本陣と庄屋の当主、青山半蔵は木曽の山林を制限する尾張藩を批判し、新しい時代の到来に望みをかける。だが待っていたのは、新政府による住民へのさらなる圧迫であった。

 藤村は、明治5(1872)年に馬籠宿の本陣・庄屋を務める島崎家の四男に生まれ、9歳で上京するまでここで育った。今も馬籠宿の生家跡には、本陣の礎石や土蔵の跡が残されており、跡地に建てられた記念館には小説の原稿をはじめ、書簡や執筆の資料にした大黒屋日記などが展示されている。

 また、馬籠峠北側の一石栃地区には、明治2(1869)年まで木曽五木(ひのき・さわら・あすなろ・こうやまき・ねずこ)などの伐採禁止木の出荷を取り締まっていた「白木改(しらきあらため)番所跡」も残されている。このあたりを歩くなら『夜明け前』を読んで訪れると、感慨もひとしおだろう。ちなみに馬籠峠を歩くなら、馬籠側は急な勾配が続くので、妻籠宿から出梁造りの家並みが残る大妻籠の集落を通り、男滝・女滝(おだき・めだき)などを見て、馬籠峠を登るルートがおすすめだ。
●旅のスケジュール
★1日目
JR奈良井駅→(徒歩10分)→伊勢屋→(徒歩1分)→上問屋史料館→(徒歩7分)→鎮神社→(徒歩30分)→葬沢→(徒歩30分)→鳥居峠頂上→(徒歩15分)→御嶽神社→(徒歩約1時間)→峠出口
★2日目
妻籠宿本陣→(徒歩1分)→脇本陣奥谷→(徒歩10分)→上嵯峨屋→(徒歩3分)→一石栃白木改番所跡→(徒歩90分)→馬籠峠頂上→(徒歩35分)→馬籠宿本陣(藤村記念館)→(徒歩15分)→水車小屋の枡形
※所要時間は目安です。休憩しながら無理のない古道歩きをオススメします。
※掲載されているデータは2015年10月現在のものです。
てくてく歩いて見つけた、ニッポンいいもの。第7回 今も人の暮らし息づく中山道の木曽路|「文化文政風俗絵巻之行列」
 昭和43(1968)年、妻籠宿の保存事業が始まったのを記念して、毎年11月23日(勤労感謝の日)に行なわれるイベント。地元の住民約130人が、武士や浪人、駕籠(かご)かき、飛脚、虚無僧(こむそう)、鳥追い女などに扮して文化文政時代の宿場の風俗を再現する。
行列は当日、旧中山道を歩いて、昼頃に妻籠宿の中心へ。街道沿いで昼食後、再び終点の大妻籠まで歩く。なかには木曽馬に乗った花嫁や山駕籠(やまかご)に乗った子供たちの姿も。地元の人のほか、大勢の観光客やカメラマンで賑わう。
文化文政風俗絵巻之行列
問合せ:
妻籠を愛する会風俗絵巻の行列実行委員会 TEL.0264-57-3513
アクセス&インフォメーション
●アクセス
JR新宿駅から特急「スーパーあずさ」で2時間28分の塩尻駅下車、JR中央本線に乗り換えて23分の奈良井駅下車
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文:風美紫紺(かざみしこん)
PROFILE
ライター。映像制作会社スタッフ。
風土と歴史や文化があいまって作りだす、その土地にしかない「風のいろ」と出合いに、日本各地を旅する。
自分の足で「道」を往き、五感で風を感じて、時空を超える旅の楽しさを伝えたい。
子育てとツーリングライフを描いた著書『ママはバイクを降りない』(潮出版社)など。

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