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ニッポン“道の記”草子 歴史とロマンを求めて 古道てくてく歩きの旅|第8回
塩と酒造りで栄えた安芸(あき)の小京都 竹原まちあるき

浜旦那の豪邸が残る、古い町並みを歩く
竹原の町並み保存地区
昭和57(1982)年に国の重要伝統的建造物群保存地区の選定を受けた竹原の町並み保存地区では、江戸・明治・大正・昭和にわたる建物の歴史的変遷を見ることができる。「竹原格子」といわれる独特の格子の意匠を見て歩くのも楽しみ。
長生寺と山道
天正15(1587)年、小早川軍に敗れて竹原に逃れていた伊予国最後の当主・河野通直(みちなお)の死を悼み、小早川隆景(たかかげ)が建立した長生寺。境内には金毘羅社や大師堂、かかえ地蔵などがある。裏山の道には、四国八十八ヶ所霊場を模した石仏が点在し、西方寺墓地まで続く。TEL.0846-22-0283
西方寺と普明閣 
もとは禅寺で、慶長7(1602)年の妙法寺の火災でこの地に移り、浄土宗に改宗した西方寺。本堂横の高台にある普明閣は、宝暦8(1758)年築。木造十一面観音立像を祀り、京都の清水寺を模した舞台造りとなっている。外観のみ常時見学可能。TEL.0846-22-7745(竹原市産業振興課)
松阪邸
松阪邸は江戸末期に建築、明治12(1879)年に改造された竹原の浜旦那(塩田経営者)の豪邸。波うつような独特の大屋根や、うぐいす色の漆喰、大壁造り、窓額付き菱格子の出窓など、華やかな建築意匠が随所に見られる。開館時間:9:00~17:00 休:月曜・12月29日~1月3日 入場料:200円 TEL.0846-22-5474
吉井邸と上吉井邸
母屋は竹原最古の元禄4(1691)年の建築で、貴重な古文書を収蔵。広島藩の本陣としても使われていた。道の反対側には、初代郵便局跡に建てられた上吉井邸があり、創業当時と同形の郵便ポストが今も使われている。外観のみ常時見学可能。
森川邸
塩田経営に関わった元・竹原町長 森川八郎の豪邸で、大正5(1916)年頃に移築された森川邸。主屋のほか、離れ座敷・茶室・土蔵・風呂場も残る。茶室は小堀遠州流の茶人・不二庵(ふじあん)の設計とも。開館時間:9:00~17:00 休:木曜・12月29日~1月3日 入場料:300円 TEL.0846-22-8118
塩田と廻船で栄えた豪商の町
 竹原という地名が歴史上に現れるのは平安時代にあたる11世紀初めのこと。中央政府が京都の賀茂社(現在の下鴨神社)に寄進した荘園には、「安芸国竹原荘」の名が見えるという。市内には現在も、この時代に名付けられた「賀茂」という地名が残されており、竹原が「安芸の小京都」といわれるのは、こうした京都とのつながりに由来するものなのである。

 江戸時代に入り、竹原は広島藩より新田開発を命じられたが、土壌に塩分が多すぎて水田には向かなかった。そこで同じ広島藩の分家である赤穂(あこう)から技術者を招いて、17世紀半ばから製塩業を開始した。同藩で最初となる入浜式塩田(潮の干満を利用して海水を塩田に取り込む方式)は2~3年でみるみるうちに拡大し、塩田経営で富を築くものまで現れた。

 また一方で同じ頃、本川堀に船着場が開かれ、ここに藩の年貢集積所が置かれた。竹原は塩と米の積出港として大いに栄え、千石船を就航させるほどの船主もいたという。その後、他産地の成長により塩の値が下落して塩田経営は不況となったが、塩田業のみならず、廻船業、問屋業などの多角経営に成功する豪商も生まれた。竹原の重要伝統的建造物群保存地区には、そうした豪商たちの大邸宅が今も残り、当時の繁栄を物語っているのである。
古い町並みを見渡す巡礼道
 竹原の古い町並みに至るには、JR竹原駅から北東に行くのがいい。本川橋東詰まで来たら、遠回りにはなるが、古風な橋が架かった細い水路に沿い、道なりに歩いてゆくと気持ちがよい。
 右手の丘上に貞光両神社を見ながら、竹原小学校の敷地を過ぎたところで、広い車道に合流。その先の路地を左に入ると、町並み保存地区の南端に至るが、その途中で崖上にある長生寺というお寺に寄ってみる。
 境内脇の地蔵堂の裏に、山道につながる入口があった。札所のように番号が振られた石仏が点在するのを見つけ、誘われるように歩き始めた。日の光が差し込んで揺れる木々の合間からは、黒瓦の家並みが見渡せて、澄んだ気持ちになる。あとで聞くとここは、真言宗の長生寺が四国の八十八霊場に見立てて造ったミニ巡礼道ではないか、とのことだった。

 墓地に突き当たったところで、道を下ってゆくと、同じ崖上に建つ西方寺の境内に出た。この寺の境内脇にあるのが京都の清水寺を模して造られたといわれる普明閣。清水の規模には及ばないが、朱塗りで雰囲気のある舞台に登ってみると、町並みの向こうに瀬戸内の海までが見渡せた。

 境内から参道の石段を降りると、いよいよ古い町並みが残る本町通りだ。正面には元禄4(1691)年に建てられた竹原最古の吉井邸と、その向かいには明治4(1871)年築の上吉井邸があった。初代郵便局跡に残された家は、そこだけ時間が止まったような錯覚に陥るのであった。
頼(らい)家の文化人と、日本ウイスキーの父を育てた土地
憧憬の広場「マッサンとリタの像」
ニッカウヰスキーの創業者、竹鶴政孝をモデルにしたNHK連続テレビ小説『マッサン』の放映を記念して、広場に建てられた竹鶴夫妻の像。政孝の生家である小笹屋 竹鶴酒造は、町並み保存地区内に今も残る。
竹原市歴史民俗資料館
昭和初期、図書館として建てられた洋館を利用した竹原市歴史民俗資料館。江戸時代、竹原に繁栄をもたらした製塩業に関する史料が展示されている。開館時間:9:00~17:00 休:火曜(休日は開館)・12月29日~1月3日 入場料:100円 TEL.0846-22-5186
頼惟清旧宅
『日本外史』の著者として知られる頼山陽(らい さんよう)の祖父・惟清(ただすが)が紺屋(染物屋)を営んでいた頼惟清旧宅。江戸中期の遺構がよく残されており、店舗として使われていた道路側の部屋から母屋に入ると、裏庭を眺めながら、縁側で寛ぐことができる。開館時間:9:00~17:00 無休 入場無料
頼山陽広場
本川を望み、竹原を発祥とする頼一門から出た歴史家「頼山陽」の銅像や解説板が立つ広場。少し上流に行くと、対岸に木造三階建ての「日の丸写真館」を望む「酔景の小庭」もあり、休憩ポイントにちょうどよい。
春風館と復古館
頼山陽の叔父である頼春風(らい しゅんぷう)の旧家。隣接する復古館は春風の養子、小園の家で、共に茶人・不二庵の設計といわれ、奥には茶室が設えられている。両館とも木造切妻造二階建て、本瓦葺の数奇屋建築で、復古館には酒造業を営んでいた時の米蔵や臼場などが残る。外観のみ、常時見学可能。
藤井酒造 酒蔵交流館
酒蔵交流館は、江戸末期に建てられた藤井酒蔵の一角を改造したコミュニケーションスペース。高い天井と太い梁の独特な雰囲気を持つ空間で、数種類の日本酒の試飲(無料)や本格的な手打ちそばをいただける。開館時間:10:00~17:00 休:月曜(祝日の場合は翌日)・1月1日 無料 TEL.0846-22-2029
日本ウイスキーの父、竹鶴政孝を生んだ竹原
 本町通りを北に向かって歩くと歴史民俗資料館手前の広場で、NHK連続テレビ小説『マッサン』でお馴染みとなった「マッサンとリタの像」を見つけた。マッサンこと竹鶴政孝は1894年、ここ竹原で、江戸時代から製塩・酒造業を営む竹鶴家(吉井家や頼家と並ぶ竹原の三大塩田地主)の三男として生まれた。当時、父の敬次郎を含む広島の蔵元たちは、兵庫の灘に負けない酒造りに取り組み、ついに酒には不向きとされた広島の軟水から高品質の酒を造ることに成功した。これがもとで広島は、灘・伏見に並ぶ日本の三大名醸地となったのである。

 大阪の高等工業学校の醸造科で学んだ政孝は、洋酒に興味を持ち、摂津酒造(現在の宝ホールディングス)に入社。純国産ウイスキーを作る準備のためスコットランドに単身留学し、現地の蒸溜所で実習を重ねた。現地人女性の妻のリタと共に帰国すると、1929年、寿屋(現在のサントリー)社長に招かれて入社し、山崎蒸溜所の初代所長として日本で最初のスコッチ・ウイスキーの製造を行った。
 その後、より本格的なスコッチ・ウイスキー製造をめざし、北海道余市町に大日本果汁 (現在のニッカウヰスキー)を設立。父の酒造りの信念を受け継いだ政孝もまた、品質にこだわるウイスキー作りの姿勢を貫き、「日本のウイスキーの父」と呼ばれた。竹原の古い町並みには今も、竹鶴政孝の生家「竹鶴酒造」が残されている。
風光明媚な自然が育てた竹原の文化
 歴史民俗資料館から、その脇道を入った「おかかえ地蔵」を見て本通りを進むと、胡堂(恵比須社)の建つ鍵形の手前に、江戸後期の歴史家・思想家で『日本外史』(幕末の尊王攘夷運動に影響を与えた日本史のベストセラー書)の著者である頼山陽(らい さんよう)の祖父、惟清(ただすが)が紺屋を営んでいた頼一門発祥の家があった。頼家の先祖は小早川氏の家臣で、惟清の曽祖父の代にこの竹原に移り住み、農業と海運業を営んだ。惟清は父の遺志を継いで子供たちに学問をさせ、山陽の父・春水は広島藩儒になるなど高名な学者として名を馳せたという。

 本町通りには、板屋小路や中ノ小路などの幾筋かの路地が交差しているが、大小路にある「春風館」は、山陽の叔父・春風の家だ。春風は大阪で医学と儒学を学び、20歳で竹原に戻って医業を始めた。その後、塩田経営にも乗り出し、また竹原書院を設立し町の学問所として開いた。今に残る武家屋敷風の邸宅は安政2 (1855)年に再建されたもので、その西隣には春風の養子・小園の復古館がある。

 このように多くの文化人を輩出したこともまた、竹原が「小京都」と言われた所以(ゆえん)である。古い町並みを歩いていると、彼らの自由な発想と物事に懸命に取り組む姿勢は、山と海に囲まれたこのおおらかな自然に育てられたのだろう、と思わずにはいられなかった。
●旅のスケジュール
★1日目
JR竹原駅→(徒歩20分)→町並み保存地区入口(竹原小学校前)→(徒歩10分)→長生寺山道→(徒歩30分)→西方寺→(徒歩5分)→普明閣→(徒歩10分)→吉井邸→(徒歩5分)→松阪邸→(徒歩10分)→森川邸
★2日目
憧憬の広場(マッサンとリタの像)→(徒歩2分)→竹原市歴史民俗資料館→(徒歩10分)→おかかえ地蔵→(徒歩10分)→頼惟清旧宅→(徒歩20分)→藤井酒造 酒蔵交流館→(徒歩10分)→春風館・復古館→(徒歩15分)→頼山陽広場
※所要時間は目安です。休憩しながら無理のない古道歩きをオススメします。
※掲載されているデータは2015年12月現在のものです。
てくてく歩いて見つけた、ニッポンいいもの。第8回 竹原まちあるき
 その昔、付近一帯が竹林だったことから名が付いたという竹原。毎年10月末には、竹で作った行灯やオブジェにロウソクの明かりを灯して、町並み保存地区一帯をライトアップする「町並み竹灯り -たけはら憧憬の路-」が開催される。
 町じゅうに幻想的な灯りが浮かび上がるなか、施設の夜間無料公開や江戸時代の家紋提灯の復活、音楽ライブ、呈茶や生け花など、各種イベントが行なわれる。2016年以降も開催予定。

町並み竹灯り -たけはら憧憬の路-
問合せ: 竹原市産業振興課 TEL.0846-22-7745
アクセス&インフォメーション
●アクセス
JR新大阪駅から山陽新幹線「こだま」で1時間58分の三原駅下車後、JR呉線に乗り換えて37分の竹原駅下車
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文:風美紫紺(かざみしこん)
PROFILE
ライター。映像制作会社スタッフ。
風土と歴史や文化があいまって作りだす、その土地にしかない「風のいろ」と出合いに、日本各地を旅する。
自分の足で「道」を往き、五感で風を感じて、時空を超える旅の楽しさを伝えたい。
子育てとツーリングライフを描いた著書『ママはバイクを降りない』(潮出版社)など。

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