森田芳光監督 鉄愛エッセイ 鉄道が「少し好きです。」

新幹線は眠れる ~駅弁はきっぷ拝見の新横浜を過ぎてから~

 10数年前に僕は、『失楽園』(1997)という映画を撮りました。主人公が同僚の死を悲しみながら友達とそばを食べるシーンを神田須田町の有名お蕎麦屋さんでロケを敢行しました。エキストラもしこみ、そこで撮影をしてから箱根のホテルに撮影隊は移動するという感じでした。

 僕は移動前にトイレを済ませておこうと思ったのですが、借りている店のトイレは当然、いっぱい。普段なら自分のドライバーにトイレを見つけてもらうのですが、その時は別件で近くにはいませんでした。そこで僕が考えたのが、近くにある交通博物館。ここで入場券をわざわざ買って、トイレに行こうと思ったわけです。

 ピーク時ではなかったので、館内はいつもの交通関係の音だけ。トイレに入ると、信号機の音や、小さく聞こえる説明の声、列車の警笛音、そんな環境の中で僕の自然現象はすっきりしました。僕は、そのときの自分の判断がうれしくてうれしくて、何人かに話したのですが取り合ってはもらえませんでした。確実に僕のトイレ体験の生涯ベスト5に入るのに。そんな交通博物館が大宮に移転したのは、とても寂しかったです。万惣のホットケーキまで一緒になくなるような気がしました。

 僕はいわゆる鉄道オタクほど知識はないし、行動的でもありません。昔から、青春18きっぷを使ってなんとかしようと思っても出来ない自分なのです。それなのに、僕は鉄道の細かいことになにかあると燃えてしまう、この関係はなんなのでしょう。

 例えば、東海道新幹線はおしぼりが来てからきっぷ拝見する間の悪さ、東北新幹線はきっぷ拝見もなくドリンクサービス、たしかに会社は違っていますが、乗る人の新幹線とのスタンスは一緒のハズ、何年もそのストレスに僕はやられています。東海道新幹線で、いつものように深川めしを買って、おなかすいていても、新横浜過ぎるまでは食べません。箸をつけてからきっぷ拝見なんて絶対にさせません。

その始めのストレスさえのぞけば、相模湾を左にのぞみ、短いトンネルに「あなたはだんだん眠くなる」と暗示をかけられ、「もうすぐ名古屋です」のアナウンスがチャイムとともに聞こえてきます。そう、新幹線はよく寝られるのです。もちろん新幹線のスピードなりの車窓風景の楽しみもあるにはあるのですが、ビジネスマンにとっては、睡眠の移動手段というのが快適さにつながると思います。

 そういえば、僕は飛行機での移動は睡眠が不得意で困るので、そういう点からも新幹線が落ち着く交通手段なのでしょう。僕には、とっても。

*本エッセイは森田芳光監督がご生前にご執筆されたものを掲載いたしました。

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中央本線旧万世橋駅跡にあった「交通博物館」(千代田区)は開館70年目の2006年に閉館。収蔵品の一部は翌年開館した「鉄道博物館」(さいたま市)に移転


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深川めし」は旧国鉄の日本食堂時代に遡るロングセラー駅弁。穴子、アサリ、ハゼと江戸前の魚介が組み合わされ、酒のつまみにもよし。850円


脚本・監督 森田 芳光

1950年1月25日東京都生まれ。81年『の・ようなもの』で映画監督デビュー。『家族ゲーム』(83)で数々の映画賞を受賞し脚光を浴びる。 『それから』(85)はキネマ旬報ベストワンをはじめ、各賞を受賞。『ハル』(96)で第6回日本映画批評家大賞監督賞、第20回日本アカデミー優秀脚本賞ほか、数々の賞を受賞した。禁断の愛を描いた渡辺淳一の同名ベストセラー小説『失楽園』(97)を映画化し、大きな話題となる。以後も『模倣犯』(02)、『阿修羅のごとく』(03)、『間宮兄弟』(06)、『椿三十郎』(07)と精力的に様々なジャンルにわたり作品を世に送り続ける。オリジナル脚本として手掛けた『わたし出すわ』(09)、新しい時代劇を描いた『武士の家計簿』(10)が公開された。

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