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達人の鉄道利用術
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「終着駅」という言葉に、旅情を感じる人は少なくないでしょう。
ただひとくちに「終着駅」といっても、さまざまな形があり、楽しみ方もいろいろ。
線路がどんなふうに「終着」しているのか。
それを知ると、より鉄道旅がおもしろくなるはずです。
鉄道を楽しむにあたって、「終着駅」は重要な要素のひとつである。列車の運行上はもちろん、そこが「終着駅」であることに意識を向ければ、実は路線ができた意味や背景が見えてくる場合も少なくない。ひとつの旅の終わりであり、始まりでもある「終着駅」。あまた存在する途中駅とは異なる存在感があり、旅情を掻き立てられる。ホームに降り立てば、情緒的になるのは旅人の必然だ。なお今回の連載で「終着駅」とは、「列車の終点」ではなく「線路の終わり」を意味する。
ひとくちに「終着駅」といっても、そのあり方や楽しみ方はさまざま。JR時刻表の路線図ではどれも同じように見えるかもしれないが、終着駅の「違い」を知っていると、より鉄道旅を楽しむことができる。今回はその「違い」に注目しよう。
はじめに「とにかく行けるところまで行った。もう本当に行き止まり」という終着駅のパターンがある。なかでも有名なのは、JR北海道の宗谷(そうや)本線であろう。旭川駅を出発して、ほかの路線と接続することなく259.4キロメートル(営業キロ)走り、はるばるたどり着いた終着駅は、日本最北端の駅。東西南北「日本最○端の駅」のうち、終着駅が行き止まりでその先へ進めないのは、稚内(わっかない)駅だけだ。さらに北へ向かうにはパスポートが必要となり、「終着感」を一層強く感じられる。
逆に「まだ行けるのに、いや、行こうとしていたのに」という終着駅のパターンもある。代表的な駅は、福井県内を走るJR西日本の越美北(えつみほく)線だ。この路線名の由来は「越」が福井県北部の「越前」で、「美」は岐阜県の「美濃」。つまり、線路は現在の終着駅である九頭竜湖(くずりゅうこ)駅(福井県大野市)より先の山を越えて、岐阜県内まで延伸される予定だったのだが、実現しなかった。つまり九頭竜湖駅は、志半ばの「終着駅」だ。図らずも行き止まりになってしまった駅から、その先に見える風景を見つめ、想像してみたい。
次は、歴史的な視点がおもしろいパターン。JR東海の武豊(たけとよ)線は、地域の中心路線である東海道本線から知多半島へ延びたように見えるが、実は逆だ。明治時代、この地域で線路を敷設するにあたって、まず武豊港に資材が水揚げされ、そこから内陸へレールが延びていった。つまり武豊線の終着駅である武豊駅は、「終着駅」の雰囲気を濃く感じられるが、歴史的にはこの地域の鉄道における「始発駅」なのだ。
特殊な終着駅のパターンもある。JR東日本の鶴見線には終着駅がいくつも存在するが、そのうち海芝浦駅はとても変わっている。駅に着いても、そのまま引き返して乗車するしかないのだ。
海芝浦駅の改札口は東芝の工場と直結しており、関係者以外は改札を出たのち、再度改札に入らざるを得ない。ただホームの目の前には、京浜工業地帯と運河が広がる。改札を出ないで行ける駅直結の小さな公園も整備されており、駅で時間を過ごす目的だけでも十分行く価値があるという、珍しい存在である。
JR九州の香椎(かしい)線も特殊なパターンだ。福岡市内陸部の宇美(うみ)駅周辺で産出された石炭を港へ輸送するため、海側の終着駅となる西戸崎駅まで線路が敷設され、両端とも行き止まりの終着駅という、JR線で唯一の形になった。一見すると珍しいが、背景にはもっともな理由があるのだ。
なお現在、新潟県にあるJR東日本の弥彦(やひこ)線は弥彦駅だけが終着駅だが、昭和60年(1985)までは東三条駅から越後長沢駅まで線路が延びており、こちらも両端が終着駅だった。
以上、さまざまな「終着駅」のあり方と楽しみ方を記してきた。行き止まりであるため、到着後は戻って引き返すことになり、移動時間を考えると効率的ではない。しかし駅によっては、バスなどで別の駅へ抜けられることも珍しくない。こうした終着駅からの「抜け道」を探してみるのも、楽しみ方のひとつかもしれない。
文・写真 / 恵 知仁 ● Megumi Tomohito
1975年東京都生まれ。鉄道ライター、イラストレーター、WEBメディア「乗りものニュース」編集長。
小学生の頃から鉄道旅行記を読みあさり、カメラを持って子どもだけでブルートレインの旅へ出かけていた「旅鉄」兼「撮り鉄」。
日本国内の鉄道はJR・私鉄の全線に乗車済みで、完乗駅はJRが稚内駅、私鉄がわたらせ渓谷鐵道の間藤(まとう)駅。