『トレたび』は、交通新聞社が企画・制作・運営する鉄道・旅行情報満載のウェブマガジンです。
文=H岩美香
私に言わせれば、三大車窓は、江ノ電鎌倉高校前駅から見る太平洋であり、JR鶴見線海芝浦駅から見る川崎コンビナートであり、東急東横線中目黒駅から見る「大サービス ビール390円」の看板だ。でも、世にはちゃんと「日本三大車窓」と呼ばれる栄誉があって、JR根室本線落合~新得(しんとく)駅間(旧線)から見る狩勝峠、JR肥薩(ひさつ)線矢岳(やたけ)~真幸(まさき)駅間から見る景色、JR篠ノ井線姨捨(おばすて)駅から見る善光寺平が、そうなのだそうだ。この目で見なければなるまい。
長野県への帰省の道すがら、姨捨駅へ寄る強行策を練った。長野自動車道の麻績(おみ)ICを降り、ICから目と鼻の先の聖高原(ひじりこうげん)駅へ猛ダッシュ、本数が少ない貴重な電車に飛び乗り、姨捨駅へ向かう。
「スイッチバックって知ってるよね?」
ふいに、夫が言う。なぬぅ! 日本三大車窓というすてきな響きに気をとられて、スイッチバックはノーマークでした。一気にテンションがあがる私、まあ慌てずにとなだめる夫、ちょっと写真も本気で撮らなくちゃと腕まくりする私、私のひざから落ちた分厚い時刻表を拾い上げる夫、わーもう着いたー! と、私はホームに飛び降りた。
まずは景色も夫もそっちのけ、降りた列車がスイッチバックするその瞬間を撮影せねば。スイッチバックとは、駅や信号場で列車の進行方向を変えて運転することをいいます。一旦入線し、グググググと逆戻りして、よっこらしょとお隣の線路に移動する車両君。ボックスを踏むダンスのような動きがかわいい。が、動きのスケールが案外でっかくて、写真に収まりきらない。パシャリ、シャッターが下りたときには、もうフレームアウト。
私、うつむき加減に跨線橋を渡り、上りのホームへ移動。そこには絶景が待っているはずなのだ。
さっすがー! と、まずはありきたりの歓声を。ホームと棚田の間に、視界を遮るものは何もなく、眼下に広がる穏やかなる日本の風景よ。「善光寺平の眺望そして鏡合山から上る月がゆるやかに里に続く棚田や千曲川に映える美しさは、古来よりこの地を田毎の月と呼んでいる」とは、案内板によるちゃんとした説明。夜になって月が出て、小さな水田ひとつひとつに映りこんだら神秘的だろう。妖怪百目っぽくてかっこいいだろう。さてと、ご丁寧にもホームの外側、絶景に向かって置かれたベンチに腰掛けて、次の上り電車が来るまでの小1時間、炎天下での小1時間、三大車窓をゆっくり堪能するのであります。
そんな、いよいよこれからというとき、想定外の電車がガッタンゴットンとやってきた。はて、この動き、この減速具合、もしかして君、スイッチバックしてこの駅に入線しようとしてんじゃないのー!? 慌ててしまったばかりのカメラを取り出し、シャッターを切る。切りまくる。が、被写体を捕らえた感覚まるでなし。液晶で確認するも、電車君ははみ出ている、か、ぶれている。でも、がっくりきている場合ではない。この想定外列車に乗れば、1時間のロスがなくなる!
まんまと乗り込んだ上り電車のなか、時刻表を確認。もしや、とにらんだとおり、黄色いJRニュースのページに、諏訪の花火大会の日に走る臨時列車〔スターマイン〕のことが載っていた。超ラッキーじゃん、いや、待てよ。私、景色は堪能したのか。写真はちゃんと撮れたのか。