『トレたび』は、交通新聞社が企画・制作・運営する鉄道・旅行情報満載のウェブマガジンです。
文=屋敷直子
9時16分東京発の〔はやて〕11号に乗って、盛岡へ向かう。旅の目的は岩泉(いわいずみ)線だ。ある旅雑誌に出ていた岩泉線の終点・岩泉駅の写真が頭から離れなくなった。ぜひともこの目で見てみたい。それでもって、宮古で海の幸を堪能して、太平洋側を南下して釜石から「銀河ドリームライン」と愛称がついている釜石線で内陸へ戻り、ふたたび盛岡から新幹線に乗って帰ってくる。完璧だ。
盛岡から山田線に乗る。キハ58 1525。鉄子っぽくメモしてみる。つまりはディーゼル車で、音といい振動といい年季が入ったバスみたいだ。車窓はヒマワリとコスモスが交互に流れていく。この景色が近くて今にも手が届きそうな感じは、新幹線では味わえない。大きく息を吸って旅の空気を味わう。
茂市(もいち)に着くと、岩泉線の車両はすでに入線していて、窓からはカメラの放列が山田線の車両をとらえている。といっても3つくらいだけど。岩泉線の車両は赤×白のコンビで、しかも赤は本当の真っ赤で、とてもいい。車内に足を踏み込むと濃密な草のにおいで、少し息苦しいくらいだ。車内温度計は、34度。もちろん冷房なんてない。
でも、走り出すと窓から山の風が入ってきて途端に28度まで下がる。新鮮な木のにおい、切りたての木が並ぶ木材加工場のにおいで、車内はいっぱいになる。駅に停車しても人の乗り降りは少なく、うなりを上げるディーゼル音だけが耳に入ってくる。
同乗者は(たぶん)一人旅の鉄道愛好家ばかりで、みな一様に高価そうなカメラを大事に抱えて、うっとりと外を眺めている。この神聖な場を乱す輩が現れたら、さぞやイタイ目に遭うだろう。
茂市から約1時間、終着駅・岩泉に到着する。乗客はいっせいに、乗ってきた赤いキハ52 141の堂々たる勇姿の撮影に没頭する。右から左から上から下から。ときはちょうど夕暮れ。一刻一刻が勝負。こんな山中でにわかに白熱する撮影会。すみませーん、こっち目線くださーい。各々が各々の邪魔にならぬように気をつかい、礼儀正しく撮影を終えると、駅舎や周辺の探索。といっても何もないのだが、その何もない場をしみじみと味わう。あらゆるベンチに腰掛け、そこから見える風景を目に焼き付ける。こういうときは写真に頼ってはいけない。
終着駅だから、乗ってきた車両でまた引き返す。乗客は同じ顔ぶれ。茂市で山田線に乗り換え、今乗ってきた岩泉線を振り返ると、薄闇に赤×白の車体が車内灯で浮き上がって見えた。抱きしめたいほどに、せつなく美しい。
1日目は宮古泊。チーム岩泉(岩泉線に乗っていた乗客を勝手に命名)の面々は、みな宮古駅近くのビジネスホテルへ向かう。暗くなって人通りが少ない駅前から、等間隔に離れて行進するチーム岩泉の面々。とくに深い考えもなく価格が安いから選んだ宿だったが、このホテルは鉄道愛好家の定宿とみた。「明日は朝5時半ごろに出発します」とフロントに告げている男性がいて、岩泉線直通の始発(5時54分発)に乗るのだな、と勝手に想像する。鉄子として、ここに泊まれたことを嬉しく思う。