『トレたび』は、交通新聞社が企画・制作・運営する鉄道・旅行情報満載のウェブマガジンです。
文=屋敷直子
翌朝、中込(なかごみ)を10時25分に出て小諸へ向かう。昨日の雲たちはどこかへ行って、気持ちよく晴れている。途中の佐久平駅は新幹線が停まる駅で、急にひらけてくる。大きなショッピングセンターや、新しくて大きな家があるが、駅を過ぎると、また元の田園風景に戻る。小諸の二つ手前の乙女駅では、車内から駅名表示板の写真を撮る。なんとなく、はずせない気がしたのだ。
小諸は、駅を降りるとすぐご城下で、というより駅がご城下にある。城跡は懐古園となっていて、動物園や遊園地のほか、藤村記念館、郷土博物館などがあって広大。展望台から見下ろすと、町が千曲川に囲まれているのがよく分かる。一番楽しいのが動物園で、夫と一定の距離を保ちたい嫁優位のライオンの夫婦や、どうしてもかゆいところに手が届かずに転げ回るツキノワグマは、いつまでも見ていられた。
小諸から上田は、しなの鉄道。長野新幹線が開通したときに、JRから移管された第3セクターで、軽井沢~篠ノ井間を結んでいる。この移管で、信越本線が分断されてしまったり、軽井沢から各駅停車で長野へ行くときに青春18きっぷが使えなかったりと、いろいろややこしいことになってしまった。今に、新幹線では繋がっているけど、普通列車はいろいろな会社が入り乱れるようになって、青春18きっぷなんて意味をなさなくなるかもしれな い。すると、安くてのんびり鉄道で旅ができなくなるじゃないか……などと悶々としていると、女性の車掌さんがやってきた。グレーのパンツにベレー帽。制服も笑顔も、とてもかわいい。心が晴れる。
上田駅は、久しぶりの大きな駅で、きょろきょろしてしまう。とはいえ、上田電鉄のりばへ行く人は少ない。「残そう! 上田電鉄別所線」とポスターが張ってあって、ここも存亡の危機なのかと寂しく思う。上田電鉄は、以前、丸窓電車と呼ばれたモハ5250形が走っていて、終点の別所温泉駅には当時の車両が保存されている。その車両の写真があまりに素敵で、実物を見たかった。だから、今回の旅では、別所温泉が目当てというよりは、別所線に乗って保存車両を見に行くことが目当て、というほうが正しい。
上田駅に入ってきた電車は、当時を模しているのか、白×紺で丸い窓が付いている。と思ったけど、丸窓はふつうの四角い窓に丸抜きのシールを貼っているものだった……。でも雰囲気は出ている。十分だ。2両編成、席はロングシートで、乗客は温泉客がほとんどの様子。みんな今夜の宿への期待で気もそぞろな空気が漂っている。誰も、保存車両への期待で気もそぞろな鉄子が同乗しているとは思うまい。
別所線は、稲穂が黄金色に実る田んぼを横切り、コスモス畑をすり抜け、ところどころにある民家を遠くに見ながら、心地よく進む。カーブが多く、右へ左へ揺れながら、青空の下を走り抜ける。極楽だ。途中の駅もツタがからまっていたり、小屋のような駅舎だったりで趣深い。なんていい路線なんだ。と、うっとりしていたら、終点に近づくにつれて雲行きがあやしくなってくる。電車が減速し始める頃には雨が降り出し、駅に降り立つ頃には煙が上がるほどの豪雨。何の因果か、再び。
魅惑の保存車両を見る間もなく、宿の車に乗せられて移動。宿は、渡り廊下で部屋が繋がっていて、有形文化財に登録されているほどの美しい木造の建物。渡り廊下は屋根があるだけのつくりなので、雨が近い。露天風呂は、ほぼ打たせ湯だったが、それも風流と強引に入る。明日は晴れて、丸窓電車に会えますようにと願いながら寝る。