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北国、青森のおでんといえば、やはり屋台の鍋から温かそうな湯気が立ち上る冬こそが最もおいしい季節。ところが「そう思い込んでいるお客さんも多いようですけど、青森おでんは季節に関係なし。イメージをぶち壊すようで悪いけど、ルーツは海水浴場の海の家や駄菓子屋なんかでよく売られていた“夏おでん”なんですよ」と笑いながら語ってくれたのは、「青森おでんの会」会長の鎌田慶弘さん。
青森市では平成22年度の東北新幹線新青森駅開業に向けてさまざまな事業を展開していますが、青森おでんの全国発信もその一つ。地元商工会議所や地元食品メーカーが中心となって平成17年10月「青森おでんの会」を設立し、ブランド化を図っています。鎌田さん自身、おでんに欠かせないコンニャク屋さんの4代目です。
「青森おでんの特徴は具の数が少なくシンプルなこと。それに生姜味噌を付けて食べることです」と鎌田会長。かつて具はコンニャク、大角天と呼ばれている薄い薩摩揚げがメインで、いずれも竹串に刺され、気軽に食べることができました。
「これだけだったら、駄菓子屋でも簡単に仕込めるし、店先でも売れるでしょ。私が小学生の頃は確か1本5円。学校から帰るとおやつ代わりに買って食べてました」
青森おでんの会では、具の種類や調理法をあれこれ詳しく定義せず、とりあえず生姜味噌ダレが添えられていれば良しと考えています。
「北国の人間はとにかく味噌が大好き。この味噌に生姜をすりおろして入れてみたら、さっぱりした味になり、おでんとの相性もぴったり。また、生姜には殺菌効果もありますから、夏場に味噌の腐敗を防ぐために入れたとも考えられます」と鎌田会長は推測。
「他の地方のようにおでんをメインにしている店はほんの数軒です。おでんはあくまで脇役で主役ではありません。ですから、食堂に入って、そばが出てくる前に軽くおでんを1皿食べるとか。焼き鳥が焼き上がるまでに、ビールを飲んでおでんを食べるとか。そんな名脇役的存在なんです、青森おでんは」
かつてはコンニャクと大角天がメインの青森おでんだったが、最近は青森らしい新しい具も登場し定着しつつあります。例えば、殻付きのツブ貝やホタテ貝。これは海の幸の豊富な青森らしい具だし、山の幸を代表するのは八甲田山麓の根曲がり竹。いずれも、生姜味噌ダレとの相性もぴったりです。
コの字型のカウンターの中央に四角いおでん鍋が鎮座。青森おでんとしては具の種類が多く、こだわりの生姜味噌ダレは、地元の高校の生徒が実習で造った完全無添加の味噌に女将さんが生姜などを加え、味を調えたもの。客はどんなに詰めても9名まで。
平成18年11月にオープンした店だが、昔の味そのままのそばとおでんが名物。店主の檜野幸代さんのお母さんが味付けを担当。お母さんは40年近く前、おでんとそばの店を経営しており、おでんのダシも生姜味噌ダレも当時の味を再現している。
大衆食堂として約40年、現在は居酒屋として親しまれている。メニューは食堂時代とほとんど変わらず、ラーメンから定食類、焼き鳥など。「昔からおでんは隠れた存在。でもたまに生姜味噌の味を思い出して無性に食べたくなるなあ」と常連客の1人は笑う。
姫路地方ではおでんを「辛子」ではなく「生姜醤油」で食べます。醤油の中に生姜をすりおろし、それをおでんにかけたりつけたりして食べるのです。それが普通の食べ方だったので、「姫路おでん」という名前が登場したのはつい最近のこと。
きっかけは数年前の晩春。姫路食文化協会の副会長で地元の造り酒屋「壺坂酒造」の壺坂正昭社長は、友人の造り酒屋「本田商店」の本田眞一郎さんと話していて、ふと気がついた。「おでんを生姜醤油で食べるところなんて姫路だけじゃないか」と。ならばこれを姫路の名物にしようと話していたころ、たまたま、姫路出身の歌手・松浦亜弥さんが「姫路ではおでんは生姜醤油で食べる」と話して、姫路のおでんが一挙にブレーク。「姫路おでん」の呼び名が生まれました。
姫路でおでんを生姜醤油で食べるようになったのは戦後の闇市から、という説もありますが、「かどや食堂」では昭和の初め、甘辛く煮込んだ具材に生姜醤油をかけていたというので歴史はもう少し遡ります。もともと生姜は体を温め、食欲を増進させる働きがあります。加えて播州は醤油の名産地。醤油そのものがおいしいのです。
ところで関西では「おでん」ではなく「かんとだき」と言い、昆布で薄口醤油のダシ(関東はカツオダシで濃口醤油)でした。が、現在では明確ではありません。姫路おでんの場合もダシは店によって違います。かどや食堂の看板は「おでん」ではなく「関東煮(かんとだき)」。「おでん」としている店で代表的なのは姫路駅近くの「能古本店」ですが、姫路では専門店以外、例えばうどん屋とかお好み焼き屋などにもおでんがあります。
姫路おでんは地元産の食材を旨とします。中でも大根はその名も「おでん大根」という姫路生まれの品種があります。早く軟らかくなり、味がよく染み、煮くずれしない太い大根です。また姫路は、おでんに欠かせないちくわやごぼ天など練り製品の産地であるし、タコはもちろん焼きアナゴや特産のタケノコを煮込んで出す店もあります。
おでんといえばお酒。それも日本酒。もともと、播州は酒米山田錦の産地であることと霊峰雪彦山を水源とする水がおいしいところで、知る人ぞ知る酒どころ。おでんの具たちと同じ土壌に生まれ育った酒は姫路だけでも7つの蔵に数十の銘柄があります。そのどれもがおでんとの相性抜群です。
看板通りの大衆食堂。この地に店を出したのが昭和14年で、その前は現当主(3代目)有本勲さんのおじいさんがここより少し西で店を出していた。地物を甘辛く炊いた関東煮(かんとだき)は生姜醤油をかけていただく。棚には食堂らしく総菜も並ぶ。
姫路キャッスルホテルの中にある直営の食事処。もともと同じホテル内の居酒屋バッカスが出していた「姫路七宝(7品のおでん)」を、会席風にアレンジ。会席の煮物の代わりがおでんということで薄口仕上げ。生姜はお客が自分ですって醤油に落とす。
博多湾の中の能古島が遊び場だったという福岡県出身の大橋照子さんの店。開店して10余年、おでん種は常時33~35種類を用意。他に季節ごとの食材が入る。春ならば姫路特産のタケノコやワラビなども。棚に並んだ焼酎は100銘柄ほど。
文=鈴木健太(静岡おでん)、小西一三(生姜味噌おでん)、西本梛枝(生姜醤油おでん)
写真=加藤昌人(静岡おでん)、小松ひとみ(生姜味噌おでん)、砂田政樹(生姜醤油おでん)
イラスト=素材ダス
※掲載されているデータは平成21年5月現在のものです。