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富士五湖の一つ、西湖(さいこ)で幻の魚・クニマスの生息が確認されたのは平成22年のこと。当時テレビや新聞で話題になっただけにまだ記憶に新しい人も多いだろう。しかし、この発見がいかにすごいことだったのか、それを理解している人はどれだけいるだろうか。ここ十数年の間に、一度は絶滅したと思われた生物が再発見されたという事例が世界中であることだし、クニマスについてもっと知りたいと考え、西湖へ向かった。
クニマスはサケ科の淡水魚で、もともとは秋田県の田沢湖だけに生息していた固有種。世界広しといえども田沢湖でしか見られなかったのだから、貴重な魚であることがわかる。
田沢湖では明治35年(1902)、マスの孵化場が建てられ、昭和初期になると、ヒメマスなどサケ科の発眼卵をほかの湖に運搬して人工繁殖させる技術ができ、クニマスもいくつかの湖が田沢湖から発眼卵を購入していた。西湖で再発見されたクニマスは昭和10年に、田沢湖から運ばれてきた10万粒の発眼卵が定着したものだ。
一方、田沢湖では昭和15年、湖の豊かな水を灌漑と発電に利用するため、強酸性の玉川の水を引き入れたことで水質が変化。戦後の調査によって田沢湖のクニマスは絶滅が確認された。
のちに田沢湖観光協会が懸賞金をかけ、発眼卵を送った湖などでクニマス探しが行なわれたが、見つかることはなかった。長い時間、人知れず生き永らえてきた西湖のクニマスは、まさに奇跡の魚といえるだろう。
絶滅から再発見にいたる経緯を頭に入れたところで、今年4月に西湖の南岸にオープンした「-奇跡の魚- クニマス展示館」を訪ねた。資料やパネルが並ぶ展示室を抜けたところに水槽展示コーナーがあり、なんとクニマスの幼魚と成魚が悠々と泳いでいるではないか! 今や世界中で生きたクニマスに合えるのはこの西湖だけだと思うと、鳥肌が立つほどの感動を覚えた。
神秘的な静けさに包まれた西湖を周遊したあとは、やはり今年6月にオープンした新名所「山梨県立富士山世界遺産センター」へ。和紙で造られた全長15メートルの富士山を使い、音響と照明で四季や一日の流れを体感できる「冨嶽三六〇」や、山口晃(やまぐちあきら)氏による巨大な『冨士北麓参詣曼荼羅(ふじほくろくさんけいまんだら)』などを見学し、富士山の魅力をあらためて実感できた。
悠久の時をかけて周囲の自然を育み、人々に畏敬の念を与え続ける富士山と、貴重な命を細々と紡いできたクニマス。この2つは決して無関係ではないだろう。人知の及ばない生命力と自然の不思議を体感した旅だった。
平成28年6月にオープンした「山梨県立富士山世界遺産センター」。富士山信仰を紹介する南館の1階展示室。
ビールは486円~。牛肉のヴァイツェンビール煮1782円、ソーセージ盛り合わせ1458円などビールに合う料理も豊富。
クニマスの生態や歴史を学べ、生きたクニマスも観察できる。展示館に隣接する「西湖コウモリ穴」は溶岩ドームや溶岩鍾乳石が見もの。入洞は9:00~16:30、12月1日~3月19日休、300円。水槽展示コーナーではかわいらしいクニマスの幼魚の姿も。
北館のカフェでは溶岩ドッグや溶岩コーヒー(各500円)などユニークなメニューも。
アンティークレンガを使った吹き抜けの店内。テラスもある。