昭和39年10月1日に開業した東海道新幹線東京〜新大阪間では、乗車時間が短いことから食堂車の連結は見送られ、ビュッフェ車の35形が登場しました。車体幅の広い新幹線車両ということもあり、窓側のカウンターには椅子を設置。富士山側の車窓の風景を楽しみながら、椅子に座って軽食をとることができたため好評を博しました。151系特急「こだま」と同様に中間の一等車の両側にビュッフェ車が組み込まれ、一等車の車内通り抜けを防ぐとともに1〜12号車の各客室からビュッフェまでの移動が楽にできるように配置されていました。
昭和47年3月15日には山陽新幹線新大阪〜岡山間が開業しましたが、残念ながら食堂車の連結は見送られ、さらに35形の窓側のカウンターに設置された椅子を撤去し、立食スタイルとなった37形ビュッフェ車が登場。この後の増備車はすべて37形となり、老朽化に伴う35形の廃車に伴って東海道・山陽新幹線のビュッフェ車は立食スタイルに統一されました。
さらに昭和50年3月10日の山陽新幹線岡山〜博多間の開業では、東京〜博多間の乗車時間が6時間以上となるため、新幹線初となる36形食堂車が登場。16両編成の列車にビュッフェ車2両と食堂車1両が連結されましたが、それにあわせて1両を売店車として使用する列車も登場するなど、ビュッフェとしての機能が失われてきました。