製紙の町・苫小牧を出ると、列車は地平線の果てまで広がる勇払原野を東へ進む。このあたりで引き返しても、北海道へ行ってきたと満足できる。しかし、である。はるばるやってきたからには、もっと車窓を堪能しなくてはもったいない。何しろ、日高本線は北海道らしいおおらかな風景が連続する絶景路線だからだ。
間近に迫る海岸線。低いコンクリートの岸壁の脇を線路はひた走り、押し寄せては砕け散る波が手に取るようにわかる。やがて、沙流(さる)川の長い鉄橋を渡って大きくカーブすると、緑鮮やかな牧場が現れた。ゆったりと草を食む駿馬たち。車窓に映えるその牧歌的な風景に思わず頬が緩んだ。
新冠(にいかっぷ)周辺の線路脇の牧場では、木の柵で囲われた広い牧草地で馬たちが悠然と草を食んでいる。日高地方にやってきたと実感できる瞬間だ。日高門別川を渡った後、列車は再び太平洋岸に出て、延々と海沿いを進む。朽ち果てた枯木が放置されたままの手付かずの海岸端を通るかと思えば、馬の戯れる牧場の脇を次々と通過する。このあたりは、多くの名馬を輩出していることから「サラブレット銀座」なる異名も持つ。苫小牧で買った名物「ほっきめし」を口にするのも忘れ、すっかり車窓に釘付けだ。
節婦(せっぷ)駅を過ぎると、左の崖にサラブレッドの壁画が見えてくる。馬の産地に到着というメッセージだろう。程なくして「判官館」という岸壁が現れた。海にそそり立つ恐ろしげな岩壁。源頼朝に追われたかの義経がこの要害の地に館を築いたという悲しい伝説が残る。その岬を海岸線ギリギリにたどれば、優駿の里・新冠に到着だ。
新冠駅を出発し、沿線随一の大きな駅・静内で30分程停車。この時とばかりトイレに行ったり、駅の写真を撮ったり……やりたいことは一杯だ。荻伏駅あたりからは牧場の数が急に増えてきて、牧場の真ん中にある絵笛駅で停車する。列車に馬が乗ってくるのではないかと思えるほど、周囲には馬、馬、馬……。ひたすら馬の姿しか目に入らない。
浦河駅を過ぎると、東町駅あたりから海岸沿いには長く伸ばしたまま干してある昆布のカーテンが目に入ってくる。青い海と黒い昆布とのコントラスト。変化ある車窓に時の経つのも忘れていたら、終点の様似(さまに)はもう間近だ。苫小牧から通しで乗れば、3時間以上もかかっているのに何と束の間のことか。だから、様似からバスでさらに足を伸ばして、名曲ゆかりの地・襟裳岬へと向かいたくなってしまうのだ。