五能線の「能」に当たる能代は、地元の高校がバスケットボールの強豪ゆえ「バスケの町」として有名だ。能代駅のホームにはバスケットのゴールがある。「シュートする人いるかな」と期待を胸に外を見やるが、誰も試みない。みんなシャイだ。もっとも車窓から視線を注がれれば、誰もが緊張してなかなかシュートが決まらないからかもしれない。
車窓に日本海が現れた後、しばらく進むとあきた白神駅に着く。「リゾートしらかみ」の到着に合わせて女性の観光駅長さんが列車を出迎え、にこやかに挨拶してくれるのがうれしい。春になるとこの付近は桜が満開となり、車窓から花見ができる私好みの場所になる。
あきた白神駅を出発すると列車は岩のゴツゴツした断崖を走り、海を見下ろせるビューポイントに到着する。十二湖駅は世界遺産「白神山地」の玄関口。バスに乗り換えれば、手付かずのブナ林や神秘的な瑠璃色の水を湛える青池などを探訪することもできる。「ブナ」や「青池」は「リゾートしらかみ」の編成名になっている五能線ゆかりのものだから、ここくらいは一時、乗りテツを忘れて観光しなくては、と思う。
小さなテーマパークのようなウェスパ椿山、黄金崎不老ふ死温泉の最寄り駅・艫作(へなし)を越えれば、北前船の風待ち港として栄えた町・深浦。五能線に詳しくなる前から知っていたこの駅は、小さいながらも折り返す列車が多く、今では五能線の拠点になっている。
先ほどの艫作をはじめ、五能線には難読駅名が多い。この後も、追良瀬(おいらせ)、驫木(とどろき)、風合瀬(かそせ)と普通には読めない駅が続く。停まるたびに駅名標を覗き込むのが楽しみだ。列車は海岸線すれすれに波打ち際を走る。人家も見えず、うら寂しい所だが、暖かい時期なら半日くらい何もしないで線路と海をただただ見ていたい。
2009年に生誕100年を迎えた太宰治の記念碑のある千畳敷を通り、鯵ヶ沢駅を過ぎると日本海ともお別れ。やがて、「ストーブ列車」で有名な津軽鉄道の乗換駅で、五能線の「五」に当たる五所川原駅に到着する。津軽鉄道沿線にも寄り道したいのが“テツ”の心情だが、そのまま乗り続けると、岩木山がそのご褒美のように綺麗に見えてくる。春には可憐な白い花、秋にはたわわに実った真っ赤なリンゴ畑の中を走り抜ければ、終点の川部駅だ。ただ、ほとんどの列車はそのまま奥羽本線に乗り入れているので、弘前まで足を伸ばして、城下町風情やハイカラな洋館めぐり、近頃話題の「弘前フレンチ」などを味わえば、さらに充実した乗りテツ紀行になることだろう。