信州伊那の高遠の石工によって江戸末期に作られたと伝えられる。最初は百体あったものが長い年月の間に八十余体となってしまったが、これほどの数の石仏が1カ所に集められているのは村内でもここだけという。
塩をはじめ物資を運んだ牛方と牛が一緒に泊まった宿。旧街道沿いに現存する唯一のもの。
開館時間:9:00~16:30 休:火曜(冬季12月~4月中旬休館) 入場料:300円 TEL.0261-71-5610
千国街道中の難所で、牛が足を滑らせないように敷かれた石畳が、当時のままに残されている。付近には、「弘法の清水」や曳き綱の通し穴が残る「牛つなぎ石」、雨に濡れると色が変わる「錦岩」なども残る。
千国街道の要所・千国の庄に、松本藩が出先機関として置いた「千国口留番所(関所)」を復元した史料館。開館時間:9:00~16:30 休:火曜(冬季12月~4月中旬は休館) 入場料:300円 TEL.0261-82-2536
毎年9月半ばに「ささらすり」という、子宝に恵まれるといわれる祭りが行われる。ひょっとこのお面をつけ、だらしない襦袢にちぐはぐな履物を身に着けたささら師と呼ばれる男たちが、ささらを持って女性を追いかける。
親坂にある、牛方と牛が喉の渇きを癒した水のみ場。石舟は2段に分かれており、上の石舟が牛方用、下の石舟が牛用であった。
越後の糸魚川から信濃の松本城下まで約30里(約120km)を結ぶ糸魚川街道(または松本街道)は、古くから街道中の宿場であった「千国宿」にちなんで、千国街道と呼ばれてきた。またこの道は、日本海で採れた塩を内陸に運ぶ「塩の道」でもあった。戦国時代、「義塩」の美談 ―越後の上杉謙信は、武田信玄と敵対した北条・今川が、武田への塩の輸出を禁じたことを聞き、「争うのは武力であって塩ではない」と自分の領地から武田へ塩を送った― の舞台となった道でもある。江戸時代になると、松本藩は他所からの塩の輸入を禁じ、千国街道を経由して入る「北塩」のみを許可したため、糸魚川からは塩をはじめとする海産物が、松本からは麻やタバコ、大豆、生薬類などを積んだ牛馬を連れた牛方や歩荷(ぼっか)が、この道を盛んに行き来した。
「塩の道」は参勤交代に使われなかったため、大名の宿泊所である本陣こそ設けられなかったが、牛方が寝泊まりした牛方宿や街道の交通を取り締まる番所などが置かれていた。旧街道は、現在のJR大糸線に並行しているが、その中でも往時の面影をよく残しているのが、白馬大池駅から千国を通過して南小谷(みなみおたり)駅に至るまでの行程である。この区間は「塩の道」トレッキングコースとして整備されているので、さっそく歩いてみよう。
JR白馬大池駅から栂池(つがいけ)高原スキー場をめざし、県道433号線を歩く。30分ほどワインディングロードを登っていくと突然、視界が開け、田園風景の向こうに白馬連峰の山々が連なるのが見え、深呼吸したくなるような眺めが広がる。前山百体観音は栂池バイパスとの分岐の先の小道を右手に入った所にある。百体観音とは、西国三十三所・秩父三十四所・坂東三十三所の計100霊場の観音の巡礼で、ここに来ればすべてを詣でることができるという。木陰に佇む幾体もの観音様を眺めていると、古道を行き来する旅人たちが、跪き手を合わせる姿が目に浮かぶようだった。
県道に戻ってしばらく歩くと「塩の道」の貴重な遺産、「牛方宿」が見えてくる。この建物は19世紀初頭の建築で、牛が繋がれた土間や、牛方が牛の様子を見ながら寝泊まりした中二階の構造などがそのままに残されている。現在は史料館として公開されており、敷地内には旧街道沿いに現存する唯一の「塩倉」(幕末頃の建築で塩を貯蔵する半地下式の建物)も移築され、塩分による腐食を避けるため、鉄釘を使わない構造を見ることができる。
千国街道にはかつて何軒もの牛方宿があったが、新道の開通とともに次第に姿を消し、今ではこの沓掛(くつかけ)に残る牛方宿のみが「塩の道」を物語る証だという。
千国駅から1kmほどの所にある。源長寺、小谷(おたり)中学校を過ぎ、黒川沢を渡り見晴らしの良い田園風景の中を歩いた先の、大別当の集落の中にある石仏群。庚申塔や観音様が何体か並んでいる。
水車小屋や地滑り対策として設置された、集水井(しゅうすいせい)を見ながら森の中の道を進むと出合う小土山の集落にある石仏群。鐘馗(しょうき)さまが線画で描かれた石仏が興味深い。
「ちゃのこ」は小谷村で昔から食べられている郷土料理。長野周辺地域の伝統食「おやき」と違うのは、皮に馬鈴薯を使い、もっちりとした食感で腹もちがよいところ。具は野沢菜、小豆、放し飼いの野豚など。1個155円、野豚のみ185円。
開湯450年の歴史があり、雨飾山麓で信玄の隠し湯と伝わる「小谷温泉」。その奥の湯には、村営の「雨飾高原 露天風呂」がある。利用時間:10:00~21:00 休:なし(冬季11月下旬~4月中旬は休業) 料金:寸志 TEL.0261-85-1607(雨飾荘)
虫尾の集落の見晴らしの良い丘上にあるお堂。母乳の出ない母親たちの信仰を集めたという。この左手の坂を下ると下里瀬(くだりせ)に至る。
茅葺入母屋造りの村役場を改修した史料館。塩の秤や、背負子(しょいこ)、牛のわらじや爪切りなど、塩の道に関連する貴重な品々を展示している。開館時間:9:00~16:30 休:火曜・祝日の翌日(冬季12月~4月中旬休館) 入場料:300円 TEL.0261-82-3663
千国街道は、冬は豪雪地帯となるうえに険しい坂道が多かったことから、この道を往く牛方や牛馬の苦労は大変なものであった。牛方宿から千国番所へ至る親坂は街道中の難所で、九十九折りの坂道を1時間以上登り下りして越えたという。こうした険路では、馬よりも蹄(ひづめ)が2つに割れて踏ん張りの利く牛が重宝されたが、その牛も雪が降るとお手上げ。1年のうち、11月半ばから5月初めまでの約半年間は、歩荷が塩一表を担ぎ、十数人が一団となって雪山を越えたという。親坂に今も残る石畳には、重い物資を背負って歩いた牛や牛方の汗が染み付いているようであった。
千国番所では、江戸時代の初めからから明治2年に廃止されるまでの約280年もの間、街道中の関所として、塩や海産物の運上塩(通行税)の徴収や人改めなどが行われていた。「千国の庄史料館」にはこの番所が復元され、等身大の番所役人形なども置かれて、当時の取り調べの様子が伝わってくるようだ。また千国の集落にあった民家を移築した史料館には、囲炉裏や居間がそのままに保存され、人々の暮らしぶりがよくわかる。当時、番所のある街道周辺にはお盆や年の暮れになると「千国市」が立ち、村人たちが集まって相当な賑わいだったという。
千国街道を歩いていると、実に多くの石仏や石塔と出合う。それらのほとんどは村人によって建てられたものだそうで、歩き疲れた時に、ふと道端に朽ちかけた石仏が佇んでいるのを見つけると、本当に心が和む。石仏はたいてい2~3体が並んでいることが多いが、なかには前山百体観音や大別当石仏群、小土山石仏群のように、十体以上の様々な石仏が集まっている場所もある。
よく見かける「馬頭観音」は、本来は観世音菩薩の化身だが、馬頭を戴くその姿から、馬の無病息災や行き倒れになった馬の供養をする民間信仰の対象となったものだ。また、あちこちの道の辻で出合う道祖神も、子孫繁栄や旅の安全を願う村の守り神。そして道祖神とともに建てられているのが「庚申塔」や「二十三夜塔」といった石塔だ。庚申塔は、人の体内にいる虫が庚申(かのえさる)の日の夜に、人間の悪事を天帝に報告に行かないよう、眠らずに神仏を祀る「庚申待ち」の記念碑であり、二十三夜塔は、村人同士で会食した後に月を拝んで悪霊を追い払う「月待ち」の記念碑。貧しい暮らしのなかにも、行事にかこつけて日々の暮らしを楽しむ山村の民の姿が浮かんでくる。
千国街道は、大名行列の華やかさや参詣路の賑やかさのない、いわば庶民の汗がしみついた暮らしの道であった。道すがら出合う石仏たちが、この先、何年、いや何十年もこの街道を守り続けてくれることを祈りながら、すすきの穂にゆれる遠くの山々を仰ぎ見た。
★1日目
JR白馬大池駅→(徒歩50分)→前山百体観音→(徒歩25分)→牛方宿→(徒歩15分)→ 親坂→(徒歩5分)→弘法の清水→(徒歩20分)→千国の庄史料館→(徒歩15分)
→千国諏訪神社
★2日目
大別当石仏群→(徒歩25分)→小土山石仏群→(徒歩25分)→小谷村郷土館・おたり名産館→(徒歩15分)→虫尾の阿弥陀堂→(徒歩25分)→JR南小谷駅→(小谷村 村営バス41分の雨飾高原下車、徒歩5分)→小谷温泉 奥の湯
※所要時間は目安です。休憩しながら無理のない古道歩きをオススメします。
※掲載されているデータは2015年8月現在のものです。
毎年5月初めに、小谷村・白馬村・大町市の3市町村で「塩の道」を歩く祭りが盛大に開催されている。市町村ごとの開催日により、景観や安全を配慮した歩くコースが設定されており、参加料は無料。昔の旅人姿に扮する人あり、馬を曳きながら歩く人あり、老若男女が思い思いに楽しむ、実に楽しいウォーキングイベントだ。
塩の道まつり
問合せ:
小谷村観光連盟 TEL.0261-82-2233
白馬村観光局 TEL.0261-72-7100
大町市観光協会 TEL.0261-22-0190
JR新宿駅から特急「あずさ」で3時間59分の白馬駅下車、JR大糸線に乗り換えて9分の白馬大池駅下車(所要時間約4時間20分)
文:風美紫紺(かざみしこん)
PROFILE
ライター。映像制作会社スタッフ。
風土と歴史や文化があいまって作りだす、その土地にしかない「風のいろ」と出合いに、日本各地を旅する。
自分の足で「道」を往き、五感で風を感じて、時空を超える旅の楽しさを伝えたい。
子育てとツーリングライフを描いた著書『ママはバイクを降りない』(潮出版社)など。