伊豆半島の、ほぼまん中あたりに位置する「天城温泉郷」。これは伊豆半島を南国に流れる狩野(かの)川の上流部、本谷(ほんたに)川と猫越(ねっこ)川が合流する場所にある「湯ヶ島温泉」をはじめ、全部で6つの温泉地の総称だ。そのどこもが、静かな環境に恵まれているのも、温泉郷の魅力といえよう。
中でも北に位置する「船原温泉」は、広い範囲に宿が5軒点在。温泉地特有の土産物屋や遊興施設などはなく、素朴な山里風景に包まれている。国道に面している「船原館」ではご主人と女将さんの気さくな人柄に、田舎のおばあちゃん家に帰ったときのような温もりを感じることができるのだ。 毎分130リットル、47度の温泉が湧き出す自家源泉を持つ船原館は、伊豆でも屈指の良質ないで湯として、昔から愛されていた。そんな豊富なお湯を利用した「たち湯」は、通常の温泉風呂より3倍ほど深い水深1.2m。このユニークな浴槽を使って、日本の指圧療法を基にアメリカで生み出された、水流リラクゼーション法「ワッツ」が行われている。さらに、日常的に実践できる「天城流湯治法」も行なってくれる。いずれも船原館のご主人、鈴木基文さん自らが指導。
その昔、源頼朝が源氏再興を志し、船原一帯で狩りを催したという船原温泉の次は、川端康成の代表作『伊豆の踊子』にも登場する、天城温泉郷の中心的存在「湯ヶ島温泉」へ。本谷川と猫越川が合流する湯ヶ島の中心部には、両川に沿って多くの宿が点在している。『伊豆の踊子』では、湯ヶ島の温泉宿の玄関口で、若い踊り子が踊る姿を、階段に座って主人公が、じっと眺めているシーンが描かれている。今でも、温泉地をめぐる「湯道」を歩いていると、「踊り子の一行と出会えるかも」。そんな気分にさせてくれる。湯ヶ島温泉は井上靖の『しろばんば』や『あすなろ物語』にも登場する。