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車窓で旅する日本列島:只見線

地図

路線図 田子倉 たごくら

紅葉に染まった渓谷美を堪能する

 車窓から眺める紅葉シーンでは随一、といえるのが、西会津と魚沼地方を結ぶ只見線。ここでも、紅葉の季節の車窓の旅を紹介したい。

 会津若松駅を発車した列車は、城下町の雰囲気漂う町並みを進み、七日町駅、西若松駅を過ぎて会津本郷駅に到着する。会津本郷焼で知られる「陶器の街」で、赤レンガ造りの窯元の煙突が車窓からも見られる。列車は、磐梯山などの山々に囲まれた会津盆地に広がる、のどかな田園風景のパノラマのなかを進んでゆく。会津坂下駅は、かつては越後街道の宿場町だった会津坂下町の玄関駅。駅からバス5分に千手観音立像が祀られる恵隆寺(立木観音)がある。

 会津坂下駅を発車すると、次第に山間部へと進み、塔寺駅、会津坂本駅を過ぎ、只見川が車窓右に見えると会津柳津駅。列車は、福満虚空蔵尊圓蔵寺(ふくまんこくうぞうそんえんぞうじ)の裏手を回るように進む。ここからは、越後山脈と帝釈(たいしゃく)山地に挟まれ、それを縫うように流れる只見川が、只見駅までの車窓の右に左にと展開する。只見川を最初に渡るのが、会津桧原駅を出てまもなくの第1只見川鉄橋。静かに流れる川面には、みごとに色づいた紅葉が彩りを添えてくれる。会津宮下駅を発車してしばらくすると、車窓右に宮下ダムが見え、第3只見川鉄橋を渡る。視界を遮るものがない下路式トラス橋なので、車窓からの眺めも爽快だ。

 会津水沼駅を出れば、車窓右には豪雪地ならではの屋根造りをした集落が見られ、会津中川駅を経て、ゆったりと流れる只見川の際を進むと会津川口駅に到着。なおも只見川沿いの車窓の旅はつづき、会津蒲生駅を過ぎ、車窓左後方に「会津のマッターホルン」と親しまれている蒲生岳が見えると、列車はやがて只見駅に到着する。

 只見駅を発車して田子倉トンネルなどを抜けると、只見川を堰きとめた田子倉湖の畔にある田子倉駅。スノーシェルターに覆われており、冬期には列車が通過する臨時駅だ。田子倉駅を発車してほどなくすると、只見線最長の六十里越トンネル(6359m)に入る。このトンネルで福島県から新潟県に移り、今度は破間(あぶるま)川の流れに沿って山間を少しずつ下るようになる。大白川駅、柿ノ木駅を過ぎ、山の斜面のスキー場を眺めながら入広瀬駅や越後須原駅と停まっていく。山間に水田地帯が広がりはじめ、魚沼田中駅、越後広瀬駅、藪神駅を経て、破間川が合流する魚野(うおの)川を渡り、車窓右から上越線が合流すれば、列車は小出駅に到着する。

六十里越トンネルを抜けて山間を下る。田子倉駅~大白川駅

その色から「パープル橋」という愛称で親しまれている第1只見川鉄橋を渡る。会津桧原駅~会津西方駅

第1只見川鉄橋を渡る只見線の普通列車。会津桧原駅~会津西方駅

本名駅~会津越川駅

会津柳津駅前には、かつて只見線を走っていたC11形SLの244号機が保存されている

錦繍の第3只見川鉄橋を渡るキハ40形とキハ48形の2両編成。会津宮下駅~早戸駅

只見線

 磐越西線の会津若松駅と上越線の小出駅を結ぶ営業キロ135.2kmの非電化・単線路線。大正15年(1926)10月に会津若松駅~会津坂下駅間が開通したことに始まり、戦前は会津宮下駅までが会津線として開業。新潟県側は、戦時中の昭和17年(1942)11月に小出駅~大白川駅間が只見線として開通した。戦後になって、只見川の電源開発の資材輸送のため、昭和31年9月に会津宮下駅~会津川口駅間が開通。翌年には資材輸送専用線として只見駅まで達したが、この間の一般運輸営業は昭和38年8月から。その後、昭和46年8月に只見駅~大白川駅間がつながり、全線が開通した。

 現在、一日9往復の普通列車が運転されているが、会津川口駅~只見駅間にかぎれば、わずか3往復の運転。また冬期には、只見駅~大白川駅間で運休になる列車があり、中間の田子倉駅は、全列車が通過する。車両は、キハ40・48形の2~4両編成。今秋には、SL列車の「SL会津只見紅葉号」や、トロッコ列車の「風っこ会津只見」などの臨時列車が運転される。

会津川口駅に停車する只見線の普通列車。写真の車両は、両方に運転台があり1両単位でも走ることができるキハ40形ディーゼルカー

※掲載されているデータは平成21年10月現在のものです。詳しい運転時刻については『JR時刻表』をご確認ください。

次回は、「肥薩線」(予定)です。

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