『トレたび』は、交通新聞社が企画・制作・運営する鉄道・旅行情報満載のウェブマガジンです。

久住 昌之 Kusumi Masayuki (文・写真・画)

東京都出身。ドラマ化された『孤独のグルメ』(谷口ジローとの共著・扶桑社)、『花のズボラ飯』(水沢悦子との共著・秋田書店)ほか、漫画、エッセイ、音楽など多方面で創作活動を展開中。焼肉、ラーメン、カレーライスなど、愛する26品目のメニューについて語ったエッセイ『食い意地クン』(新潮社)がついに文庫化。

成田線 なりたせん

佐倉(佐倉市)から松岸(銚子市)まで16駅。75.4㎞。すべて千葉県内を走る路線。 我孫子駅から成田駅も同じく成田線だが、お互いに直通列車もなく、運行形態も異なる支線である。

 

 道がゆるやかに下りはじめた。野焼きというのか、枯れ草を盛大に燃やしている人がいた。日本の晩秋を感じる。と思ったら、道はみるみる市街地に突入。佐原駅に着いたのは、午後2時53分。下総神崎の力力を出たのが12時半頃なので、今回2時間半足らずの歩きだ。佐原の駅は純日本風の瓦葺き、暖簾付きの堂々たるものだった。小江戸の誇りを表しているようだ。駅前の商店街も、買い物客や学校帰りの高校生で賑やかだ。

 駅の地図を見て、国選定重要伝統的建造物群保存地区を目指す。すぐ見つかった。おお、たしかにいにしえの繁栄の面影を残す町並みだ。先月の佐賀有田とはまた全然違う、黒々と重量感漂う商店が並ぶ。どこか昔の人の知性を感じた。街の中を小野川という運河のような川が流れているのも風情ある。「小江戸さわら舟めぐり」という30分の観光もあるようだ。木の橋もイイ。


瓦葺きで純日本風の堂々たる佐原駅舎。
緑色の暖簾が面白い。寒いので待合室が満員

佐原の家並み。かつての繁栄を今に残す
どっしりとした商家が多い。川辺も風情あった

 佐原は利根川の水運の拠点として「江戸勝り」というほど栄えていたらしい。ここの大商家伊能家に婿入りし、のちに日本初の正確な日本沿岸地図を作ったのが、伊能忠敬(ただたか)。ボクは偶然にも数日前、近所の日帰り温泉の休息室のマンガで、彼のことを読んでいた。忠敬が初の日本測量の旅に出たのは、55歳の時という。ボクの今の年齢だ。そこで急に親近感を持った。当時にしては相当の決断決意の冒険だったらしい。その伊能忠敬ゆかりの地と、まったく知らず佐原に来た。

 ボクは普通の旅では見向きもしないであろう「伊能忠敬記念館」に入り、じっくりと見学した。49歳で隠居か。それからのあらゆる学問への励みっぷりが半端でない。直筆の筆の文字が正確で細かく美しく、舌を巻く。10回にわたる全国測量で歩いた距離は実に3万5000km、地球1周分。本日のつたい歩き、今調べたら約8.5km。忠敬記念館で考えると、ボクは限りなく静止しているに近い。それでも偉大な先人の足跡には、襟を正され、明日への勇気をもらう。

前のページへ 次のページへ
旅の手帖mini

散歩の達人MOOK

バックナンバー

このページのトップへ