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久住 昌之 Kusumi Masayuki (文・写真・画)

東京都出身。ドラマ化された『孤独のグルメ』(谷口ジローとの共著・扶桑社)、『花のズボラ飯』(水沢悦子との共著・秋田書店)ほか、漫画、エッセイ、音楽など多方面で創作活動を展開中。焼肉、ラーメン、カレーライスなど、愛する26品目のメニューについて語ったエッセイ『食い意地クン』(新潮社)がついに文庫化。

成田線 なりたせん

佐倉(佐倉市)から松岸(銚子市)まで16駅。75.4㎞。すべて千葉県内を走る路線。 我孫子駅から成田駅も同じく成田線だが、お互いに直通列車もなく、運行形態も異なる支線である。

 

 佐原の駅のそばに最高にシブイ銭湯「柳湯」を発見した。道に板が1枚置いてあるだけで、路地を入って、さらに奥に歩み入っても、玄関灯もなければ営業中とも出ていない。それどころか2つのドアには男湯とも女湯とも書いていない。ただドアの取っ手が青と赤なだけ。本当にやっているのか。振り返ると木の板に「ドロボニ注意シテ下サイ」と書いてある。コワ過ぎ。入りにくさ特A級。

 でもここでは入らねば久住が廃る。伊能忠敬伊能忠敬と念じつつ思い切って青い取っ手を引く。時限爆弾の分解か。すると全裸のじいさんが見え「いらっしゃいませ」と番台のおばあちゃんに言われる。ホッとする。コートを脱ぎロッカーに入れようとしたら、鍵がない。ドロボの存在が急にリアルに。しかもロッカーを開けたら、ひとの衣服が入っていた。


佐原で入った銭湯の入口ドアの前にて。
ドロボがいるらしい。だがロッカーに鍵はなかった

銭湯の入口。この奥の、さらに奥が玄関。
これ以外暖簾も明かりも看板もない

 後ろからおばあちゃんが「そこの、右上が空いてます」と。どうやらおばあちゃんは客がどこのロッカーに衣服を入れたか把握しているらしい。少し安心。番台に行き、タオルを売っている様子がなかったので「タオルお借りできますか」と言うと、横に積んであるタオルの1枚を渡してくれた。洗ってあるが、汚かった。家では雑巾行きクラスだ。さらに、ちびた石けんを石けん箱のふたに入れて渡してくれた。でも湯そのものは実に気持ちよく、いい風呂だった。客は全身入れ墨の男と、肩甲骨にハンドボールのボールを半分に割ったくらいのコブのある男だったが。
 今日は、この銭湯に入れたのが一番だった。勇気を出した自分へのご褒美に、年末宝くじを買って帰った。

※「旅の手帖」2014年2月号より掲載しました。

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