『トレたび』は、交通新聞社が企画・制作・運営する鉄道・旅行情報満載のウェブマガジンです。
東京都出身。ドラマ化された『孤独のグルメ』(谷口ジローとの共著・扶桑社)、『花のズボラ飯』(水沢悦子との共著・秋田書店)ほか、漫画、エッセイ、音楽など多方面で創作活動を展開中。あれこれ考えない“野武士的な“食べ方にあこがれる筆者のひとりメシエッセイ、『野武士のグルメ』(普遊社)が、土山しげる作画によるマンガ版で幻冬舎より発売。
富士山麓の工場地帯を走る、ローカルな私鉄。吉原から岳南江尾(いずれも富士市)までの10駅。9.2km。工場内を走る一風変わった路線だ。土・日曜・祝日に使える1日乗車券は大人410円とかなりお得。
ほどなく岳南電車に出会う。あの時の冷たい感じと違って、のどかな単線に見える。すぐ隣をつたい歩けた。踏切があった。ここだ。ここで、どうしようか真剣に迷ったのだ。確かにまわりは工場ばかりで、夜見たら貨物線にも感じるだろう。
「ジヤトコ前」という変わった駅に着いたら、小さな無人駅のホームに人が数人立っている。これは電車が来るな、と思い待っていると、やって来た! オレンジ色に白い線の入った、ふたつのフロントガラスが目のような一両車。カワイイ!
この車両は元京王3000系の先頭車改造車ということだ。つまり色こそ違うが、ボクが子どもの頃に慣れ親しんだ昔の井の頭線とそっくりなのだ。今までつたい歩いてきた電車の中で、一番親しみを感じる。今回は、数年前から子どものときまでの懐かしい風景や電車に会う旅だ。
街路樹のハクモクレンの花が満開だった。大きな白い花が葉のない樹からこれでもかと咲いている。不思議なほどだ。
ごく小さいけれど歴史のありそうな八幡宮があった。毎年6月に吉原祇園祭というのがあって山車なんかも出るらしい。駅前は工場ばかりだったが、この辺は古い住宅街で商店街もある。そうなのだ。都会に住んでいると、商店街はもれなく駅前だが、東海道を歩いてみると、まだまだ人々の生活の中心は旧街道沿いで、JRの駅前は何もなかったりする。そういうことも歩きながら自然にわかっていった。車社会になったので、地方では余計に駅前がさびれている。吉原本町駅の次が本吉原駅。駅名、似過ぎ。
そのあたりからまたつたい歩く道がなくなり、iPhoneを見ながら、線路の左右をグニャグニャ歩いて行った。岳南電車もグニャグニャ進む線路なので、油断すると見失ってしまう。GPSの地図に頼るのは好きではないのだが、前回の痛い経験があるからか、ためらわずiPhoneを見た。
大通り沿いに「武松食堂」というシブイ店を発見。時刻はちょうど昼過ぎ。食堂好きとしては入らぬ手はない。のれんをシャッとめくって、ガラッと入る。
この店がアタリだった。昭和の正しい食堂。ラーメンもそばもうどんもカレーライスもトンカツ定食もある。餃子もある。親子丼もオムライスもある。とん汁ライス350円、タマラン! 思わずビールを頼んでしまった私を許してください神様。悩んだ挙げ句、チキンライス500円を頼む。お椀に入ったスープとお新香付き。福神漬添え。スプーンがちゃーんと紙ナプキンで巻いてある。食べたら懐かしいケチャップご飯! 小学校の土曜日のお昼の味だ。もう今日はここまででいいと思った。