『トレたび』は、交通新聞社が企画・制作・運営する鉄道・旅行情報満載のウェブマガジンです。
東京都出身。ドラマ化された『孤独のグルメ』(谷口ジローとの共著・扶桑社)、『花のズボラ飯』(水沢悦子との共著・秋田書店)ほか、漫画、エッセイ、音楽など多方面で創作活動を展開中。
御坊駅から西御坊駅(ともに和歌山県御坊市)までの2.7㎞、5駅。昭和3年に御坊臨港鉄道として営業を開始した私鉄。国や地方公共団体が出資する第三セクター鉄道を含めると芝山鉄道(2.2㎞、千葉県)が最短の鉄道会社。今回途中で見つけた「創業80周年」は平成20年に作られたものがそのままあった模様。
今回のつたい歩きは短い。なにしろ日本最短のローカル私鉄・紀州鉄道。全長2.7km。さくっと歩ける。だがそこまで行くのが遠い。のぞみで新大阪まで行って、特急くろしおに乗り換えて和歌山まで1時間、そのまま紀勢本線を40分走り、ようやく歩き始める御坊(ごぼう)駅に着く。仕事場から5時間以上。それだけ電車旅をして、歩くのは1時間ぐらい。いったい何やってんだ。とも思うが、どんな仕事でも時間をかけなければ、いいものはできない。そんな当たり前のことが、近年、身にしみてわかってきた。時短・効率優先からは、味わいのあるものや長持ちするものはできない。
まずは紀勢本線の車窓からミカンの洗礼を受ける。すごい。山の麓から頂上まで全部ミカン。最盛期のようだ。こんなのは初めて見た。弘前(ひろさき)で見たリンゴ畑にも感動したが、ミカン畑はまた全然違う印象。リンゴは厳しい寒さに耐えて真っ赤に熟した美しさだが、ミカンは温暖な日光をたっぷり蓄えた可愛らしさに見える。
初めての紀勢本線は、紀伊水道の海を眺めながらの列車旅、と思っていたら、意外にも海はあまり見えず、ミカンの山に目を奪われる道行きとなった。旅では、どこから面白いもの美しいものが飛んでくるかわからない。固定観念を外し、心を柔軟に持っていないと、自分にとって大事なものを見逃し、偶然の出会いにも気づけない。
さて御坊駅。改札を出ると大きなクエの魚拓があった。全長1.4m、重量40kgとある。堂々たるものだ。クエはこちらの名産らしい。たまたまドラマ『孤独のグルメ』のロケで、東京目黒区の「九絵(くえ)」という海鮮料理の定食屋に行ったばかりだ。店名はもちろんこの魚からとっている。ご主人に大きな魚と聞いていたが、早くもこんなところで出会えるとは。ご当地名産の高級魚だ。