『トレたび』は、交通新聞社が企画・制作・運営する鉄道・旅行情報満載のウェブマガジンです。
東京都出身。ドラマ化された『孤独のグルメ』(谷口ジローとの共著・扶桑社)、『花のズボラ飯』(水沢悦子との共著・秋田書店)ほか、漫画、エッセイ、音楽など多方面で創作活動を展開中。焼肉、ラーメン、カレーライスなど、愛する26品目のメニューについて語ったエッセイ『食い意地クン』(新潮社)がついに文庫化。
肥前山口(佐賀県江北町)から佐世保(長崎県佐世保市)まで全14駅。48.8km。明治31(1898)年1月に全通している歴史ある路線。博多から佐世保行きの特急みどりが運行。特急ハウステンボスも佐世保線を経由する。
九州に飛んだ。佐賀長崎だ。両県とも、ボクの未踏の県。とくに佐賀のことはほとんど知らない。ワクワクする。
が、飛行機で羽田から博多まで2時間。早過ぎて遠く九州の地を踏んでいる実感がない。便利というのは、人から実感を奪う。実感のない人生なんて、生きていても幽霊みたいだ。便利便利を選ばないように気をつけよう。
博多から特急みどりに乗り2時間弱の佐賀県武雄(たけお)温泉に泊まり、翌日朝からJR佐世保線沿いに歩いた。この武雄温泉が思いのほかよかった。まったく知らなかったが、1300年の歴史がある温泉だった。江戸時代には、宮本武蔵、伊達政宗、伊能忠敬も入った記録があるそうだ。宮本武蔵とは驚いた。そういえば武蔵が没したのは熊本県だ。熊本へ向かう道すがら長崎街道沿いのこの温泉に立ち寄ったのだろうか。しかし宮本武蔵は確か風呂嫌いで、近寄るといつも臭かったらしい。武蔵、ここで少しはサッパリしたか。
旅館のそばに共同温泉があり、これがものすごく立派。竜宮城みたいな巨大な楼門が立っている。そして朱色がふんだんに使われた遊郭と見まごうような武雄温泉新館。これらはなんと東京駅を設計した辰野金吾によるものなのだ。お見それしました!
でも温泉の料金は400円。入ると近所の人がたくさん入っていて、昔銭湯が社交場だった頃を思い出す。「どーも」「あぁどーも。急に寒うなったな」。みんな顔見知り。湯は透明無臭だが、柔らかく肌あたりが実に気持ちいい。いい湯だ。出る時に、先に出たおばあさんが、番所の人に「ごちそうさまでした」と言っていた。昔は銭湯も入る時は「いただきます」、出る時はごちそうさまと言っていた、と聞いたことがあるが、初めて目の当たりにした。いいものだ。