標高約1500m、燕(つばくろ)岳の登山口にある中房(なかぶさ)温泉(11月末までの営業)は、湯量豊富な山奥の秘湯だ。最寄り駅は松本から約30分の穂高駅だが、車窓風景を楽しむため、さらに列車の旅を続けることに。車窓に映るのは点在する家々や田畑、その向こうに北アルプスの山々。信濃木崎駅を過ぎ、突如湖が姿を現した。木崎湖だ。この後、中綱湖、青木湖と続く。進行方向左側に座ったのは偶然だが、景色を見るにはこちらで正解だったようだ。
「みんな青木湖がいいっていうけど、俺は木崎湖が一番きれいだと思うな」
地元の高校生たちがそんな会話を交わしているのが聞こえた。秋、湖は色とりどりの紅葉を映し、乗客の目を楽しませてくれるはずだ。
中房温泉へは穂高駅前から出ている中房温泉行きの乗合バスを使うと便利。出発から15分ほどで有明山に入り、バスはうっそうと木が茂る険しい山道を登り始める。道は曲がりくねり、対向車とのすれ違いも慎重になってくる。約50分でバスは中房温泉に到着した。
チェックイン時に渡された温泉地図を見て驚いた。敷地内には外湯が7つに内湯が7つ、どの風呂も源泉かけ流し。しかも、それぞれ異なる源泉を引いているのだ。源泉は70~97度と高温だが、加水は一切せず、水冷、空冷の2つの方法で適温まで下げている。早速タオルと地図を手に湯めぐりへ。向かったのは「三段の湯」とも呼ばれる白滝の湯。湯は岩肌を伝って流れ落ち、3つの湯船を満たしている。周囲は渓谷の緑で囲まれ、紅葉時期の美しさは想像に難くない。家族や仲間だけで楽しむには、貸切野天風呂の滝の湯がいい。ケヤキの木の根元を利用した1人用のねっこ風呂もユニークだ。女性に人気が高いのは内湯の不老泉。ゆったりした浴槽はヒバ、壁は檜、トロリとした湯が肌を優しく包み込む。
「いいわ、ここ。ずっと入っていたい」と話すお母さんたちの声も聞こえてくる。とにかく、ひとつとして同じ風呂はなく、全ての湯を制覇するにはとても1泊では無理。常泊客やリピート客が多いというのも納得だ。
- 中房温泉の正面玄関には懐かしい形のポストがあった
- 情緒たっぷりの中房温泉「不老泉」。混浴だが女性専用時間も設けられている
温泉を楽しんだ後、山の幸満載の夕食をいただいた。近頃は無農薬野菜の栽培に力を入れているそうで、自家産トマトやピーマンが使われていた。
「飲泉所で冷やしているキュウリも自家産ですから、ぜひ食べてみて」とご主人の百瀬孝仁さん。これからは大根や白菜の収穫が始まり、紅葉シーズンにはキノコも採れるという。
「中房温泉周辺は10月下旬が見頃です。とくに美しいのは初雪の光景ですね。山の木々にうっすらと雪が積もり、温泉付近のカエデやナラやクヌギ、ダケカンバなどは紅葉の盛り。初雪はすぐに溶けるので、ほんの一瞬の絶景です。早朝にその光景を見たときは、お客さんを起こしてしまいました(笑)」
中房温泉の見事な紅葉は、訪れる人を満足させてくれるだろう。できれば帰りのバスや大糸線では居眠りしないでほしい。窓の外にも美しい紅葉の景色が広がっているに違いないから。
県内有数の紅葉の名所である高瀬渓谷に向かうため、信濃大町駅で下車してみた。訪ねたのは高瀬渓谷にある高瀬川テプコ館だ。ここは水と電気について学べる施設だが、おすすめは山中に造られた新高瀬川発電所や、高さ176mの巨大なロックフィルダム・高瀬ダムをめぐるバスツアーだ(予約制)。紅葉時期、ダム湖を取り囲む山々は、赤や黄色に色づく。常緑樹の緑も加わりカラフルで美しいそうだ。硫黄泉の影響でエメラルドグリーンに輝く、ダム湖の水とのコントラストも見事だろう。
さらに紅葉を楽しみたいという欲張りな人は、高瀬渓谷内にある葛温泉に立ち寄ってみよう。高瀬川沿いに点在する3軒の温泉旅館は、いずれも日帰り入浴が可能。趣はそれぞれ異なるが、どの湯に浸かっても、渓谷を彩る美しい紅葉が眺められるはずだ。
ロックフィルダムとしては日本一の高さを誇る高瀬ダム。紅葉時期の見頃は10月中旬~11月上旬頃